ポケモンと私
投稿者:ゆーきゃん (1)
愛佳さんという女性の方から聞いた話だ。
彼女は子どもの頃、ひどく内気な性格だった。
人の大声を聞くとビクついてしまうし、ちょっとしたことですぐ言葉も出せないほど頭がいっぱいになってしまう。
子どもとは元気なものである。しかしその元気が、幼い日の愛佳さんにとっては苦痛でありまた恐怖の対象だった。
幼稚園の頃はそんな愛佳さんの性格を知っている教員がいつも近くにいてくれたからよかったが、小学校に上がるとそうもいかない。
愛佳さんが学校に行けなくなるまで一ヶ月もかからなかった。
級友の走り回る音も、げらげら笑いながら発される下品なワードも、体育の時間に先生が吹く甲高い笛の音色も、すべてがその幼い心をすり減らした。
幸いだったのは、彼女の両親が娘の繊細さに理解があったことだ。
学校に行きたくないという娘の訴えを彼らは聞き入れ、「行きたくなったら行けばいいよ」と優しく頭を撫でてくれたそうだ。
しかし、愛佳さんの家は共働きであった。
親が帰ってくるのはどんなに早くても夕方の五時がいいところ。
それまでの昼間の時間を、一戸建ての家の中でひとりで過ごさなくてはならない。
愛佳さんは内気な上に大の怖がりでもあった。
小学校に上がっても、幼児向けの怖い絵本さえまともに見られないほどだった。
……なのだが、両親もたいそう心配した昼間の留守番は、愛佳さんにとってちっとも怖いものではなかったのだという。
その理由は、ひとりぼっちの心細い留守番を一緒に過ごしてくれる”友達”がいたからだ。
自分にしか見えない子どもだとか、得体の知れない黒い影だとか、そういうものではない。
「ポケモンですよ。ピカチュウとかヒトカゲとか、あとガーディとか。ナゾノクサがいちばん人懐っこかったですね」
――ポケットモンスター。任天堂から発売された、現代に至るまで子ども向けコンテンツの代表を張り続けているあの作品。
その作中もといゲーム中に登場する生き物、”ポケモン”が、当時の愛佳さんには日常的に見えていたというのだ。
彼女も多分に漏れずポケモンは好きだった。というより、同年代の子ども以上に好きだったと言っていい。
小学校に入学したばかりの身でポケモン図鑑をほぼ完成させていたと言えば、その熱中度合いは分かってもらえるだろうか。
朝、まずはお父さんが現場に行く。
しばらくしてお母さんが、留守中の注意を言い含めてから出社する。
鍵が閉まり、母の車の走行音が遠ざかっていく……彼らが現れるのは、決まってそのくらいからだったという。
まるで本物のポケモンのように愛佳さんに近づき、戯れてくれる。
遊んであげるととても喜んでくれる。お母さんが置いてくれた昼食を少し分けてあげると、小さな口ではむはむと可愛く食べる。
子どもの社会に馴染めなかった愛佳さんにとって、その時間は夢のような至福の時間だった。
午前中はめいっぱい遊んで、お昼ごはんやおやつを一緒に食べて、おやつタイムの後は居間のソファで一緒に昼寝する。
昼寝から起きた頃には、もうお母さんが帰ってきている。そしたらもう怖いものなんてない、安心できる家族の時間だ。
ただ、両親が家にいる時には、ポケモン達は決して姿を見せてくれなかったそうだ。
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