電車運転手 渡辺が視たもの
投稿者:とくのしん (65)
何度も何度も繰り返し聞こえる歌詞に耳を傾けていると、徐々に晴れてくる霧の向こうに何かが見え始めた。何だろう?黒い何かが見える。膝を抱え座り込む私の前の霧が、ゆっくりと・・・ゆっくりと晴れてくると、空からの月明りで“それ”が何かはっきりとわかるようになったとき、私は言葉を失った。
目の前にはどこまでも続く平原に、数えきれないほどの地蔵と墓石があった。
ざぁっと一度強い風が吹いた。と同時に歌が止んだ。
そして一体の地蔵の背後で何かが蠢いた。それを皮切りにあちらこちらの地蔵と墓石の背後で、黒い影が姿を見せる。もぞもぞと怪しく蠢く影は1つまた1つと増えていく。よく見ればその影は幼い子供たち。一様に薄汚れた着物を着た子供たちが、私を恨めしそうな顔で見ながら手招きをしていた。
私は咄嗟に逃げ出していた。あれはただの子供ではない。そう本能が知らせていた。
改札を素通りし、跨線橋を駆け上がり、そして運転席のある先頭車両へと辿り着く。息も絶え絶えに私は、運転席に乗り込んだ。急いで発車準備を整え、マスコンを右に回した。
ゆっくりと走り出す電車。一刻も早くこの駅から立ち去りたいと思い電車を走らせた。延々と広がる平原に、地蔵と墓石が連なる光景が続く。どこからともなく「かごめかごめ」の歌が聞こえ、子供たち私に向かい手招きをしていた。
「4番線、まもなく発車します」
私はそのアナウンスを聞いてハッと我に返った。気が付けばよく知った例の駅構内に私はいた。“夢だったのか・・・”戸惑いながらも、発車合図を受けて私は電車を発車させた。時計に目をやると定刻通り。あれほど長くあの見知らぬ駅にいたはずなのに、時計はいつも通りの時間を刻んでいた。
“夢だったに違いない”そう思うことにしたが、それがすぐに夢でなかったことに気づかされた。運転席のガラスに、無数の子供の手形がびっしりと残っていたからだ。
それから昼夜問わず、“あれ”が視えるようになった。
例の駅では、ホームに立つ女性を突き飛ばしたり、腕や足を引っ張ってホームに引きずり込む子供の姿が視えるようになった。しかし、相変わらず私以外の人間には見えないようで、不可解な人身事故として片づけられていた。
「“あれ”が視えるようになってね、私はこれ以上電車の運転手を続けることはできないと思ったんだよ」
例の駅でしか見ることがなかった子供たちの姿を、徐々に他の駅でも見かけるようになったという。そして彼らの姿が、いつしか電車の中にも現れるようになった。
担当路線を変更してもらったこともあったが、まるで渡辺さんに纏わりつくように“あれ”はついてくるという。それならと運転手から駅員に戻ってみたが、事態は好転しなかった。
渡辺さんは語る。
「憧れだった電車の運転手は続けたかったけど、“あれ”が出る以上続けることはできない。ただね、同じ運転でも車だと“あれ”は見ないんだよね。もしかすると“駅”に纏わるものなのかもしれない」
渡辺さんは例の駅周辺について色々と調べてみたそうだ。しかし、地元の歴史資料館などを訪れたものの、“あれ”に関する有力な情報は得られなかった。“あれ”が一体どんなものなのか、皆目見当もつかないらしい。
自分もいつか同じ目にあってしまうかもしれない、そう考えた渡辺さんは会社を退職した。今はタクシー運転手として生計を立てている。
「車の運転だと“あれ”は出てこないからね。でも、“あれ”のせいかな。よく人身事故で止まった電車の乗客を乗せることがあるよ。決まってあの駅周辺だけどね」
今日も例の駅では、誰かが不幸な事故にあっているかもしれない。
不思議なことってありますね。
怖かったです。
不思議
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とくのしん