パンドラ
投稿者:綿貫 一 (31)
「なあ、A……。
あのオヤジが、『しまっちゃうおじさん』だと思うか……?」
俺の問いかけに、同じ疑念を抱いていただろうAは、何かを言いかけて、結局「さあ?」と答えた。
『しまっちゃうおじさん』とは、当時放送されていた『ぼのぼの』というアニメに出てくる登場人物だ。
森の動物たちが織りなす、ほんわかした物語の中にあって、『しまっちゃうおじさん』は異質な存在で、子供を誘拐しては、どこともしれない洞窟の石室の中へと『しまって』しまうのだ。
『しまっちゃうおじさん』自身は、実は主人公の男の子の妄想の中だけにいる、恐怖を具現化した存在なのだが、逆に俺たちは、身近で起こる事件の犯人を、そんな変てこな名前で呼ぶことで、恐怖を紛らしていたのかもしれない。
あのコンテナの中には何がある?
その興味が、恐怖に勝った。
俺は、怖じ気づくAを引きずって茂みから出ると、足音を殺してコンテナに近づいた。
あいかわらず、周囲に人の気配はない。
アブラゼミの鳴き声だけが、森から響いていた。
俺は移動式の階段を登りきったが、Aは階段の途中から顔を覗かせるのが限界のようだった。
Aをその場に待機させると、薄く口を開けたコンテナの扉に張り付いた。
そっと顔を出して、中の様子を伺う。
明るい日差しに目を焼かれていたので、しばらくの間、コンテナの中は何も見えなかった。
代わりに耳をすますと、中から誰かの話し声が聞こえてきた。
パン屋のオヤジが誰かと話しているのだろうか?
徐々に、目が暗さに慣れてきた。
闇に奥行きが生まれ、ぼんやりとコンテナ内の景色が浮かび上がってくる。
その時、不意にこみ上げてきた悲鳴を、俺はなんとか喉元で押さえ込んだ。
両手で自分の口元を塞いで、吐き気をこらえる。
俺が見たもの。
それは、誘拐された児童の凄惨な死体と、それを眺めて悦にひたる、狂ったパン屋のオヤジの姿――では、なかった。
そこは、まるで衣装部屋。
壁の突起に掛けられたハンガーには、無数の女物の服がかけられている。
そこに、セーラー服を着た、長い黒髪の誰かの後ろ姿があった。
巨大な姿見で、自分の姿を見つめているようだった。
「うーん、せっかく通販で買ったけど、サイズがイ、マ、イ、チ☆」
気色悪いシナをつけた、野太い声。
セーラー服から伸びる手足も、無骨な男のそれだった。
うわ…続きが気になります