パンドラ
投稿者:綿貫 一 (31)
コンテナに入っていったのは、パン屋のオヤジだけ。
そして、コンテナの中にいる人物もひとりだけ。
当然の帰結として、セーラー服の人物こそが、パン屋のオヤジその人だった。
長い黒髪は安っぽいカツラだった。
見つかったら殺される――。
俺は、直感的にそう思った。
パン屋のオヤジは寡黙な男だが、人相がヤクザ顔負け、おまけに腕は丸太のように太く、熊のように剛毛だった。
子供のひとりやふたり、簡単にくびり殺せそうだった。
俺は、オヤジに気づかれないように、顔を引っこめて、Aのところへ戻りたかった。
Aを促し、ふたりして急いで自転車に乗って、この場を離れたかった。
オヤジに見つかるその前に、静かにこの場を、
「お〜い、なんか見えたか〜?
早いとこ帰ろうぜ〜」
Aの怯えて頼りない、それでも、この場に似つかわしくない音量の声が、背後から響いた。
「誰だっ!」
瞬間、黒髪を翻して、セーラー服姿のオヤジがこちらを振りかえった。
なんと、顔には化粧までしている。
真っ赤な唇が、妙に印象的だった。
恐ろしい勢いで、オヤジがこちらに迫ってくる。
逃げ切れるか?
相手はあんな格好だ。速くは走れないだろう。
移動式階段を降りて、途中にいるAを連れて、地上へ。
自転車は回収しなければいけない。さもないと身元がバレてしまう。
だが、相手は車だ。俺たちのこぐ自転車では、途中で絶対追いつかれてしまうだろう。
では戦う?
無理だ。
ならどうする?
俺はとっさに、「扉を締めた」。
オヤジの手が扉に伸びる寸前で、扉は完全に閉ざされた。
さらに俺は、コンテナの錠を締めた。
これにより、もう大人の力でも、内側から開くことはできなくなった。
扉が閉じてしまえば、巨大な鉄の箱の密閉性は恐ろしいもので、内部で叫んでいるであろう、オヤジの声はいっさい外に聞こえてこなかった。
うわ…続きが気になります