パンドラ
投稿者:綿貫 一 (31)
降り注ぐ厳しい日差しに全身汗だくになりながら、自転車を漕ぐこと30分あまり。ようやく目的地近くに到着した。
そこは森の入り口に当たるところで、近くに民家はなく、あるのは、2段に積まれたコンテナが4組並んだ、無人のスペースだった。
当時、どういう呼び方がされていたか定かではないが、いわゆる「レンタルボックス」みたいなものである。
個人や企業がそのコンテナを借りて、倉庫として使うわけだ。
俺たちが、そのレンタルボックスの敷地の端に自転車を停め、森の奥へ分け入ろうとしていた、まさにその時だった。
1台の車が近付いてきた。
白いバンだった。
俺とAは、とっさに近くの茂みに隠れて様子をうかがった。
本当は、停めてある自転車も回収したかったが、そんな余裕はなかった。
車が、レンタルボックスの敷地内で停まった。
そして、中からひとりの男がのっそりと現れた。
男は日差しに顔をしかめ、頬の汗を手でぬぐってから、後ろに回ってバックドアを開けた。
重そうなトランクケースを取り出す。
「あれ、アライベーカリーのオヤジだぜ」
となりにいたAがつぶやいた。
俺も見覚えがあった。商店街に軒を並べる、古くさいパン屋の店主だった。
子供の目から見ても、その店は流行っているようには思えなかった。
そんなしみったれたパン屋のオヤジが、なぜこんな時間に、こんな場所にいるのだろう。
オヤジはキャリーケースを引きずって、四組並んだうちの、入口から一番遠い、奥のコンテナの方へ歩いて行った。
そして、移動式の階段で2階部分のコンテナまでたどり着くと、ガチャガチャと鍵をいじって入口を開け、その中へ消えた。
後には巨大な箱の群れだけが、日差しの中、濃い影を落として佇んでいた。
俺もAもただ黙ってそれを覗いていたが、俺の頭の中にはその間、恐ろしい想像が湧き上がって、俺の身体を動けなくさせていた。
町から離れたレンタルボックス。
パン屋を営業しているだろう日中にもかかわらず現れた、アライベーカリーのオヤジ。
重そうなキャリーケース。
鍵をかけてしまえば、中身は誰の目にも触れない、巨大なコンテナ。
そして、春から続く連続児童失踪事件。
背中を、冷たい汗が流れていく。
藪蚊が、耳元で甲高い嫌な羽音をさせた。
思わずそれを手で追い払ったことで、不意に金縛りが解けた。
うわ…続きが気になります