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ヒトコワ

綿貫 一さんによるヒトコワにまつわる怖い話の投稿です

視線
長編 2024/02/07 23:26 5,382view

「玄関先で相手を待たせるのって、何か気が引けるのよ。だから、ついドアの前まで行ってしまって、それで、ドアスコープを覗くことになるの」

気持ちはわからないでもないが、少し相手を待たせるくらい、些細なことのようにも思う。

「でも結局、誰もいなかったんだろう? イチカの勘違いだ」

「――つい、さっきことよ」

妻は続けた。

「部屋を暗くして、絵本を読んで、イチカを寝かしつけていたわ。ようやくウトウトしてきたって時に、あの子、突然、ガバッと起き上がって、『なんのおと?』って言ったの。
耳を澄ましたけど、静かな夜で、何の音も聞こえなかった。外を走る車の音も、猫の鳴き声さえも。
それなのにあの子、
『ドンドンドン、ドア、だれ、きたの?』
って言うのよ」

何かを怖がる様子だったという。

「私、『大丈夫よ、パパかもしれない』って言ってなだめてから、玄関まで行ったの」

イチカが眩しがるといけないと思い、部屋や廊下、玄関の明かりは消したまま、妻はドアスコープを覗いたそうだ。

「そうしたら――」

「誰もいなかったんだろ?」

「――いいえ。
ドアスコープの向こうが見えなかったの。真っ黒で」 

マンションの廊下は、夜、常に照明が点いている。
それなのに。

「真っ黒だって……? それって……」

不意に、奥からイチカがグズる声が聞こえてきた。
僕らは慌てて、寝室まで走った。
見ると、娘はふとんの上で寝返りを繰り返した結果、頭と脚の位置がひっくり返った状態だった。布団も蹴飛ばしている。暑くて、寝苦しかったのだろうか。
きちんと寝かせて、布団をかけてやってから、僕らは小さく笑いあった。

「――で、さっきの続きだけど」

僕が言うと、「続き?」と妻が首をかしげた。

「おいおい、話が途中だっただろ? 
ドアスコープを覗いたら、真っ黒で何も見えなかった。
廊下の照明が消えてたってことかい?
それとも……誰かがいたってこと? 
誰かが、ドアの向こうから覗いていたとでも――」

3/4
コメント(2)
  • 綿貫です。
    それでは、こんな噺を。

    2024/02/07/23:27
  • 最後の一行、、おしい

    2024/03/19/17:24

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