「玄関先で相手を待たせるのって、何か気が引けるのよ。だから、ついドアの前まで行ってしまって、それで、ドアスコープを覗くことになるの」
気持ちはわからないでもないが、少し相手を待たせるくらい、些細なことのようにも思う。
「でも結局、誰もいなかったんだろう? イチカの勘違いだ」
「――つい、さっきことよ」
妻は続けた。
「部屋を暗くして、絵本を読んで、イチカを寝かしつけていたわ。ようやくウトウトしてきたって時に、あの子、突然、ガバッと起き上がって、『なんのおと?』って言ったの。
耳を澄ましたけど、静かな夜で、何の音も聞こえなかった。外を走る車の音も、猫の鳴き声さえも。
それなのにあの子、
『ドンドンドン、ドア、だれ、きたの?』
って言うのよ」
何かを怖がる様子だったという。
「私、『大丈夫よ、パパかもしれない』って言ってなだめてから、玄関まで行ったの」
イチカが眩しがるといけないと思い、部屋や廊下、玄関の明かりは消したまま、妻はドアスコープを覗いたそうだ。
「そうしたら――」
「誰もいなかったんだろ?」
「――いいえ。
ドアスコープの向こうが見えなかったの。真っ黒で」
マンションの廊下は、夜、常に照明が点いている。
それなのに。
「真っ黒だって……? それって……」
不意に、奥からイチカがグズる声が聞こえてきた。
僕らは慌てて、寝室まで走った。
見ると、娘はふとんの上で寝返りを繰り返した結果、頭と脚の位置がひっくり返った状態だった。布団も蹴飛ばしている。暑くて、寝苦しかったのだろうか。
きちんと寝かせて、布団をかけてやってから、僕らは小さく笑いあった。
「――で、さっきの続きだけど」
僕が言うと、「続き?」と妻が首をかしげた。
「おいおい、話が途中だっただろ?
ドアスコープを覗いたら、真っ黒で何も見えなかった。
廊下の照明が消えてたってことかい?
それとも……誰かがいたってこと?
誰かが、ドアの向こうから覗いていたとでも――」
綿貫です。
それでは、こんな噺を。
最後の一行、、おしい