長編
2024/02/07
23:26
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「――これ」
妻が何かを差し出した。
それは、よくある布テープだった。
ただ、そこにマジックで、小さな文字が書いてある。
僕は家族に忍び寄る危険を感じて、緊張した声で尋ねた。
「これが、ドアスコープの外側に貼ってあったのかい?」
だから、覗いても真っ黒で何も見えなかった、と。
しかし、彼女はこう答えた。
「いいえ、ドアスコープの『内側』に貼ってあったの。
ねぇあなた、ここは危険だわ。引っ越しましょう? できるだけ早く」
妻は、両手で自分の肩を抱いた。
その肩は小さく震えていた。
「――ああ。早急に引っ越そう。
さっそくこの週末、不動産屋に行こうじゃないか。
そうだ。なんなら引っ越しの手配は全部僕がやるから、その間、君とイチカは福島の実家に帰っているのはどうだい?
お義父さんもお義母さんも、ずっとイチカに会いたがっていたじゃないか」
僕は、妻の身体を優しく抱き締めながら囁いた。
手の中の布テープには、マジックでこう書いてあった。
『もうのぞかないで』
それは、妻の筆跡に似ていた。
〈了〉
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綿貫です。
それでは、こんな噺を。
最後の一行、、おしい