【short_19】アイガー北壁
投稿者:kana (210)
短編
2024/01/12
22:12
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登山家である夫の夢のひとつ、アイガー北壁単独登頂のため、
夫婦はスイス・グリンデルワルトのキャンプ地に立っていた。
これまでも著名な登山家が挑戦し、数々のドラマを生んだアイガー北壁(Nordwand)は、
別名「死の壁(Mordwand)」とも呼ばれ、多くの犠牲者も生んできた。
今回、夫はロープを使わず、フリークライミングで挑戦し、当日中の登頂を目指していた。
この絶壁を登る夫の姿を、妻はキャンプから双眼鏡で見ていた。
ここグリンデルワルトでは北壁の事を「舞台」とも呼ぶ。多くの登山家があこがれる舞台。自分の力を発揮できる舞台。そして観客たちが双眼鏡で見守る舞台でもある。
双眼鏡を覗く妻はギョッとした。
フリークライミングする夫のすぐ近くで、まるで挑発でもするようにユラユラ揺れている真っ黒な人物がいるのだ。
妻はすぐに夫に電話した。「あなたのすぐ近くにいる黒い人、何? 危険よ、離れて」
「大丈夫、そんなやついないよ。ボクの影でも見間違えたんじゃないのかい?」
・・・その言葉が夫の最後の言葉となった。
彼は妻の見守る中フリークライミングに失敗した。
彼を見ていた観光客は他にもいたが、黒い人を見たという人物はとうとう現れなかった。
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