夜行列車
投稿者:綿貫 一 (31)
間もなくこの列車は、豊橋駅に運転停車する。
運転停車とは客の乗降なしで列車が駅に停車することだ。乗務員の交代や荷物の積み下ろしなどが行われる。
暗闇の向こうから駅舎の明かりが近付いてくる。
それとともに、列車はゆるやかに速度を落としていった。
不意に、開かないはずの窓から、外の冷気が吹き込んできたように感じた。
背筋にゾクリと寒気が走ったからだ。
それは悪寒だった。
オーディオの音楽に、ザリザリと耳障りなノイズが混じり始める。
厭な感じがした。
暖かで静かで穏やかだった個室の空気が、暗くて冷たいものに侵されていく。
その感覚は駅に近付くにつれ、いやがうえにも増していった。
空気がネットリと重くなって、部屋の明かりをつけるべき腕さえ動かない。
僕が道を歩いていたのなら、立ち止まるなり引き返すなりできただろうし、そうしただろう。
だが今、列車はただ実直に、レールに沿って僕を駅へと運んでいった。
進行方向を恐る恐る覗く。
無人のはずのホーム。
無機的な電灯の明かるさの下、
女が――、
いや、女のようなものが立っていた。
年の瀬のしんしんと冷え込むホームに、夏物のヒラヒラした薄いワンピースを着て、裾(すそ)や袖(そで)から蟲のように細く長い手足を生やし、
ゆらり。
ホームに立っていた。
2メートル……、いや2メートル50センチ……?
猫背でありながら、駅舎の天井に頭が届くほど、その背は高かった。
顔は、長い髪の毛と陰に覆われて表情を伺うことができない。
厭なものだった。
近づきたくなかった。
しかし無情にも、列車はゆるゆると速度を落とし、ついに僕の個室が女の位置に横付けされたところでピタリと停まった。
ちょうど、窓の外に女の顔があった。
二階のこの部屋の窓に顔が映るとは、やはり高さが尋常ではない。
異常だ。
うつむいていて、表情はわからない。
オーディオはすでにノイズにしか発しなくなっている。
僕は、ベッドの上にへたり込んだまま、後ろ手に背後のドアのノブを握って、廊下に逃げ出そうとしていた。
しかし、ドアは外から鍵をかけられたように開かない。
逃げ場のない密室の中、厚いガラスを隔てて、1メートルも離れていないところに、女の顔がある。
夜行列車懐かしい。
とても面白かったです。
先日サンライズ出雲に乗車したので、室内や窓の感じなど情景が浮かびました。
文章力に惹きつけられました