戦中で生きること
投稿者:テイ (4)
祖父から聞いた話です。
また戦争が始まった、嫌ダナァ、まあ、お前も知っとけ、と前置きして、話し始めました。
祖父は太平洋戦争の始まる直前に東京に生まれました。一番最初の記憶は、空襲の最中、頭巾で頭をすっぽり覆い、自分の手を引いて走っている母の姿だそうです。
幼い頃は、とにかくお腹が空いていた記憶しかないそうです。空襲で周りが焼け野原になっていく中、母や2人の姉たちは食べ物を、恐らくは盗んで調達していました。
中にはとても食べられたものではない、不味くて固いゴムのようなものもありましたが、わずかな食料を家族4人で分け合って、戦争末期から終戦、父が復員してくるまでの数ヶ月を凌いでいました。
玉音放送の翌日、幼い祖父は一人で留守番をしていた家を出て、何となく周りをうろついていました。
もう空襲は無い、と母に言われ、逃げ回る心配も無くなったからでしょう。食べ物は無いかな、なんて考えながらすっかり人気の無くなった近所を歩いていると、同じ年頃の女の子がうずくまっていました。
声をかけると、両手で顔を覆ったまま、お腹空いたよう、と言いました。
祖父は子供ながらに何とか出来ないか、と思いましたが、今は自分の家も食料を切らしています。ごめんね、食べ物持ってないんだ、と言って脇にかがむと、女の子は顔から手を離し、とても少女とは思えない低い声で、
「いいよな、お前は俺を食ったんだから」
と、言ったそうです。
何故かその顔は良く覚えてないんダナ、と祖父は締めくくりました。
ご冥福をお祈りします。