忘れられた方が良いこと
投稿者:テイ (4)
父から聞いた話です。
父が子供の頃は、昭和の高度成長期に入っていましたが、住んでいた所は田舎で、あまりその影響を感じない、良く言えばのどか、悪く言えば時代に取り残されたような土地だったそうです。
幼かった父は、川遊びが一番好きで、友達と泳いだり、釣りや魚獲り、虫獲りをして遊んでいたそうです。
近くに、深さが足首の上くらいしかない、オシ川、と呼ばれる川があり、そこで専ら遊んでいたのですが、オシ川の
下流には入ってはいけないとされる一角があったそうで、そこには行かないようにと大人たちに言われていました。。
しかし、好奇心旺盛な子供のことです。とうとうある時、あそこへ行ってみよう、と友達と3人で下流に向かいました。
下流は途中から深い森に入ります。川沿いに森の中を進むと、川を挟むように二本の樹が縄で繋がれていて、小さな注連縄も垂らされ、この先に進んではいけない、と境界が設けられていました。それを見た3人は、逆にますます興味がわいて、境界を無視して川沿いに進みました。
すると境界から100m程進んだ所に、小さな滝と滝壺になっている所に着きました。大人たちから聞いた範囲から考えるとここが目当ての場所だろう、と思った3人はガッカリしたそうです。
1.5m程の高さの小さな滝、深さはありそうだけど幅は5m程の滝壺、そこから上流と同じく足首くらいしかない深さの
下流が伸びている。滝壺の脇に不自然に50cmくらいの大きめの石が立っているが、特に何も彫られたりしてない。
3人は結局すぐに戻ることにしました。
しばらく経って、友達の一人がそのことを話してしまい、土地の老人たちは凄い剣幕で詳細を確認した後、父たち3人を
滝壺の石のところへ連れて行き、頭を何度も下げさせ、「ごめんなさい」と十回ずつ言わされたそうです。
勿論、二度と入るな、と釘も刺されたそうです。
後に家族みんなで別の土地に引っ越した後、父は母(私の祖母)に聞いたそうです。
かつてあの滝壺は、産んでも育てられない赤子を捨てる「子捨ての滝壺」だったのだと。
深い滝壺の底には想像もしたくない程の数の赤子が沈んでおり、あの土地の住民はせめて早く生まれ変われるよう、あえて通常の埋葬をしなかったそうです。
勿論昔の話であり、当時は出産を経験した女性が、月に一度、詳細も知らぬまま滝壺脇の石に手を合わせる、という習慣のみが残っているだけで、一部の老人を除き、段々忘れられつつあったようです。
忘れられた方が良いこともある、と父は結び、この話を終えました。
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