行方不明になった友人の話

家を出れば既に橙色に空は染まっていた。
キリギリスかコオロギなのかは分からないが、山々からは虫の鳴き声が聞こえた。
そんな山中のポツンと一軒家から出てきた俺達は、そのまま沈黙を続けて駅へと歩く。

その帰りの電車内にて、Ｂが「何か……、ああ……」と言いかけては溜息を吐いて塞ぎこむ動作を繰り返していたが、残念ながらその気持ちを理解できた俺も疲れ切った様に押し黙る。

きっとＢも、あの家での体験が鮮明に記憶に焼き付いているのだろう。
ただ、それが現実だったのか、恐怖に充てられて見た幻覚なのか、はたまた気絶して見た夢だったのかは分からない。

それほど記憶が曖昧になって現実と溶け合っているのかもしれない。
だが、Ａがあそこに居たという証拠の荷物とスマホだけは確かに持ち帰る事が出来た。
それだけでも前進した気持ちになったが、心の何処かでＡとはもう会えない様な複雑な感情が揺れていた。

数日後、あれから一向にやる気が起きなくなった俺は講義をサボって家でひたすらぐうたら過ごしていた。

活力が沸かないとか、精根尽き果てたと言うのか、とにかく廃人とは行かないまでも何かをする気力が無かった。

そうしてぼーっと過ごしていると、不意に着信が入った。

電話を取ってみればＡの両親……、父親からだった。

そういえば大学の事務でそんな事をお願いしていたと思い出した俺は、誰が見ている訳でもないのに座り直して姿勢を正す。
Ａと違って落ち着いた様子の声色だが、やはり同じ遺伝子なだけにＡを想起させる声を耳で受け、少し不思議な気分に陥った。

『〇〇君の携帯でよろしいですか？』

「あ、はい。〇〇です」

会話の切り出しはこんな感じだった。
内容はＡの休学届についてだったが、やはり家族とも一カ月以上連絡が取れない為に、父親が行った事だった。
父親の話では、Ａは昔から夏休み等の長期休暇には数週間単位で何処かに旅に出る事があったらしく、今回もその趣味の範囲内だと思って軽視していたらしいのだが、流石に一カ月以上連絡が途切れれば心配になるのが親心だ。

因みに、これまでで最大で二カ月以上連絡を取らない事もあったらしく、恐らく今回も失踪する少し前から連絡が無い状態だったのかもしれない。
俺がＡが未だに廃墟巡りで寝泊まりしている趣味を話せば、当然ながらその趣味も存じていた。

そして、Ａはやっぱり行方不明扱いだった。
父親も事件性を考えて少し前に既に行方不明届を出しているらしいのだが、大学には復学した時の事を考慮して休学日数がギリギリになるまで伝えない方針だった。

どうして俺やＢ、大学の友人にＡについて聞かなかったのかと訊ねれば、Ａは大学での事を両親に全く話していなかったそうだ。
Ａの高校時代の友人とは地元で近かったので手あたり次第話を聞いたそうだが、顔も連絡先も分からない俺や大学の友人達とは接点が無い為、連絡が来なかったという訳だ。

そこで何かＡが行きそうな場所や、事件に巻き込まれる様な事は無かったのか聞いてみたが「分からない」と消沈する様子が電話越しに感じられた。

親元を三年も離れて遠い他県で暮らしていれば、その子供の近況を知っている方がおかしいかと俺はすぐに納得する。

すると逆に『〇〇君は何か息子が行きそうな場所を知らないか？なんでもいいんだ』と切羽詰まった様に訊かれたので、俺は暫しの間考え込んだ後、例の平屋の事を教え、少し前にそこに行ってＡの荷物を発見した事を伝えた。

勿論、平屋での恐怖体験は話していないが。