庭に侵入したモノの正体

俺の実家は盆地の山の麓にあるんだけど、そのせいで家の敷地内によく野生動物が入ってくる。

猫は勿論、狸、鹿、猿、猪なんかは夏によく出てきて、庭の草とか食べたり、猪にいたっては庭の土を掘り返すから困ったものだった。

ある日、夜中に動物の鳴き声で目を覚ますと、いつも通り鹿の群れがいるのか、いくつかの鳴き声が聞こえてきた。
鹿って仲間内では『くーん』とか『きゅううん』とか、カワウソみたいな声を出すんだけど、それが煩いくらいに聞こえたから少なくとも二、三頭はいると分かった。

んで、しばらく鹿の合唱を聞いていたんだけど、突然『俺もまぜろよ』と野太い声が聞こえたから布団を蹴飛ばして飛び起きた。

マジでおっさんの声でハッキリと聞こえたんだよ。

野生動物って家の中を暗くしとけば、懐中電灯をあてても逃げないし、そんなに反応もしないんだけど、俺も田舎暮らしが長いからそれを知ってて気配だけ殺して庭を懐中電灯で照らした。

庭には鹿のシルエットっぽいのが二頭ほどいた。

でも、俺が懐中電灯で鹿を照らした瞬間に別の方向から『ﾀﾞﾀﾞﾀﾞﾀﾞﾀﾞ！』って足音がして、鹿も音に驚いて跳ねるように逃げてった。

足音の正体を確かめようと窓から乗り出して庭一帯を懐中電灯で照らしてみたんだけど、何にも居なかった。

実家で暮らしてて今まで聞いたことのない足音だったから、マジで意味が分からなくてその後は寝付きが悪かった。

翌朝親に昨日変なのが庭に居たと話した。
勿論、おっさんの野太い声で『俺もまぜろよ』って聞いたことも話したら、親は「え？泥棒かな？」と心配してた。
それで、親父の方が自室から随分と古い防犯カメラを引っ張り出してくると「これ庭につけとくか」って言って敷地内を監視する為にカメラを設置した。
よく山で猪とか狸を映してる暗視のやつ。
これで不審者が侵入してたらすぐに警察だ、と親父が言ってるのを見てちょっとお祭り気分だった。

でも、数日は特に何もなく過ぎていった。
映ってるのは野生動物ばかり。
あの時、俺が懐中電灯で照らしたから不審者も警戒しているのかもしれない。
俺としては不審者がどんな風貌なのか見てみたかったし、捕まえたら町内のヒーローで学校でも人気者だな、なんてアホなこと考えてた。

まあ、当時の俺はまだ若かったから。

おっさんの声を聞いてから大体二週間くらい。
ようやく不審者がやってきた。

その日も寝苦しくて偶々俺が起きてたんだけど、庭から『ｻﾞｯｻﾞｯｻﾞｯ…』って明らかに動物じゃない足音が聞こえてきたから、俺は瞬時に懐中電灯と孫の手を掴んで窓辺に移動した。
武器になりそうなのが孫の手しかなかったんだ。

庭は家の周りを一周できるようになってるんだが、足音は軽やかに敷地内を回っているようだった。
俺の部屋から聞いていれば徐々に遠ざかっていき、しばらく待つと反対側から戻ってきたように音が聞こてくる。
目的は分からないが、足音の主は家の敷地内を闊歩してる。

その時、タイミングが良いのか悪いのか、不審者らしき足音が庭の裏側に回ったところで、今度は常連の鹿がやってきた。
『きゅううん』と咽を鳴らしたからすぐに分かった。
でも、今宵は生憎と先客がいるんだ。
あの不審者が再び鹿のいる庭の方に戻ってきたらビックリするだろうなと思ってたら、案の定、不審者が近づいてくる足音が聞こえてきた。