行方不明になった友人の話

驚く事に悲鳴は出なかった。
だが、犬の様に激しい息遣いで「ハッ…！ハッ…！」と荒い呼吸を繰り返した。
今にも心臓が飛び出すか破裂するんじゃないかと思った。

俺はその場で腰が抜けてしまい、まるで今しがた廊下の奥で逃げ場を無くして身を屈めるＢとそっくりな状況に持ち込まれる。

Ａはコレを見てあんなに叫んでいたのだろうか。

まるで時間が止まった様な感覚だった。
何もかもがゆっくり動くような感覚に溺れた俺は、天袋から覗き込む頭部がグラグラと這いずり出そうともがいているのを黙って見つめていた。

そんな時、ふと間隣に陰りを感じる。
こんなに暗い家の中なのに陰りとは妙竹林だが、徐に隣を見上げて見れば、そこにはＢを襲っていた筈の白装束の「何か」が佇み俺を見下ろしていた。

ソレは細長い腕を伸ばすと、俺の頭上を通り抜けて天袋へ届く。

そして、中にあった頭部を掴んで引き寄せると、その頭部を自分の首元に接着させた。

へたり込んでいた俺はその様子をじっと見上げて眺めていたが、ソレは不意に首をグルンと下に向けて俺を覗き込んできた。

ああ、完全に漏らしたわ。
なんて全てを諦めて黙っていれば、ソレは『いやだー、たすけてー、ゆるしてくださいー』と甲高い声にも関わらず抑揚のない棒台詞を吐く。
一瞬コイツ何言ってんだと逡巡したが、それがＡが最後に発していた台詞だと思い到った時はかなり戦慄した。

そして、ソレはミイラみたいな顔で器用にニタニタと笑みを浮かべると、大きく口を開いて一気に俺の顔面目掛けて襲い掛かってきた。

あ、死んだわ。

そう思った時、俺の意識が飛んだ。

次に目を覚ますと、俺は気を失う直前の場所、和室の入口で仰向けに倒れている有り様だった。
酷く酩酊した様な気持ち悪さを覚えて吐きそうになったが、辛うじて踏ん張ると、気を失う前の出来事を思い出し、廊下を覗く。

日が傾いているのか夕焼けの眩い日の光が僅かに漏れ込んでいたが、相変わらず家の中は暗かったので、手探りでポケットをまさぐりスマホを取り出してライトで視界を照らす。

すると、廊下の奥に人が倒れているのを見つけた。

Ｂだった。

俺は体の節々が痛んだが、体を無理矢理起こしてＢの許へ駆け寄った。

「Ｂ！おい！Ｂ！」

「ん……」

肩を揺すれば体温が手のひらを伝わり、Ｂが生きている事に安堵した。

Ｂは寝ぼけた様に体を起こすと、まるで俺が気がついた時みたいにハッとして周囲を見渡すので、思わず笑みが浮き出てしまった。

「あれ？……あれ？」と何が起きたのか分からないといった面持ちだったが、俺は一刻も早くこの家から出ていきたかったので、平衡感覚を失った様にふらつくＢに肩を貸して脱出を試みる。
ただ、家を出る前に和室で見つけたＡのリュックや三脚と言った荷物の回収を済ます。
その際、Ｂから「これＡの？マジ？」という言葉に何も答える事が出来ないまま家を出た。