金縛りとおじさん
投稿者:七色 (4)
俺は人生で一度だけ金縛りにかかった事があるんだが、後にも先にもその時の光景を忘れることはできない。
当時、実家住まいの大学生だった俺は、講義が無い日は友達と遊ぶか、自宅のパソコンでゲームして過ごす自堕落な生活を送っていた。
そして、とある日、俺はいつものように自室でのんびりと過ごしていると睡魔に襲われて、気が付けば夕方になってたんだ。
まだ瞼が重いながらそろそろ起きようと体に力を入れるとピクリとも動かない。
(あれ?)
どんなに踏ん張っても体の向きを正すどころか、声さえ出なかった。
発声しようとしても口がわなわなと動くだけで、呻き声一つ出やしない。
横向きの体勢でベッドで横たわったまま、俺が自分が金縛りにあっていると自覚したのは数十秒してからだ。
意識ははっきりとしている。
部屋の様子をうかがう余裕もある。
だけど、自由が効かないこの状況はちょっと恐ろしくて、いつまでこの状態が続くのだろうと不安になっていた。
そんな折、ドアをすり抜けるようにして人の頭頂部がにょきっと生えてきた。
唖然とその光景を眺めていると、頭頂部から鼻筋まで、更に顎、首、胴体と順々にドアをすり抜け、全体像が浮き彫りとなる。
中年男性、だろうか。
白地でノースリーブのシャツに短パンのようなズボンを履いた、髭面のおじさん。
おじさんはドアをすり抜けてくるなり、キョロキョロと俺の部屋を見渡していた。
俺は怖いというよりも「何でおっさん?」という感想が湧いてきたが、おじさんは床に散らばったゲーム機や雑誌なんかの小物を避けるように歩く。
一応は踏まないように気を付けてくれているのかもしれないが、おじさんは幽霊ぽいし気にしなくてもいいのでは…と思いつつ、俺はおじさんの行動を観察する。
というか、動けないのでそれしかできなかった。
おじさんは部屋に置いてあるゲーム機とか、俺がつけっぱなしで放置していたパソコンのディスプレイに表示されたゲーム映像なんかを物珍しそうに覗き込むと、小さく「ほえー」と感嘆してた。
んで、その次に勉強机に置いてた卓上ミラーを覗き込むと「ちょっと禿げてきたか…?」と頭を気にするおじさん。
思わず吹き出しそうになったが、やっぱり俺はまだ声を出せずもどかしくなった。
おじさんは俺の部屋を満喫したのか、再び窓辺の方に歩くていく。
また壁をすり抜けてどこかに向かうのかと思い見ていると、おじさんは床に落ちていたコロコロを踏んでバランスを崩し、壁に顔から激突した。
(すり抜けるとちゃうんかい)と思わず心の中でツッコむと、おじさんは顔を摩りながら「いてて…死ぬかと思った」と呟く。
最早、俺にとってこのおじさんは幽霊なのかそうじゃないのかよく分からなくなったが、おじさんは「って、俺もう死んでっか」と自傷気味にハハハと笑ってた。
そして、おじさんは窓辺側の壁を通り抜けて何処かへ消えてしまった。
その瞬間、俺は体を自由に動かせるようになり飛び起きた。
すぐにドアやおじさんが消えた窓辺を触り確かめるが、特に何も異変はない。
あのおじさんが何しに現れたのかは分からないが、これが俺の初めて金縛りにあった時の体験だ。
何となくだけど、あのおじさんとは仲良くなれる気がする。
いい人っぽいので彷徨ってないで成仏してちょ。
ボタンが「この話は怖かったですか?」なので評価低くてかわいそう。良作なのに。