夜釣りスポットで聞こえる呼び声

いい加減、怖くなった私は、友達に「もうそろそろ帰ろうよ」と言いました。
しかし、友達は「あと10分、あと10分だけ…」と言って聞いてくれません。
どうやらいい感じに釣れて楽しくなっているようなのです。
1人で友達の車で待っていようかとも思いましたが、1人きりになったところであの声が襲ってくるんじゃないかと怖い想像をして、その場から動けませんでした。

1時間くらい耐えて、ようやく友達が「そろそろ帰ろうか」と言いました。
やっと帰れると思い、頷いて立ち上がった時、いつの間にか近くに来ていた他の釣り人の男性が、「おおい」と、私達に声をかけてきました。
その声は、さっきからずっと海から聞こえるのとそっくりで、びっくりして男性の顔を見ると、そこには目も鼻も口も付いていなかったのです。
男性の顔に何もないのを、友達も見たようで、2人で揃って「うわぁ！」と悲鳴を上げて必死に車を停めている場所まで戻りました。

その間、ずっと「おおい、おおい」というあの声が聞こえてきます。
友達は「あれ何？のっぺらぼう？」と震えた声で誰に言うでもなく呟きながら、車を発進させました。
急いで海から遠ざかり、30分程車で走ってサービスエリアに到着して、その頃にやっとあの呼び声は聞こえなくなっていたのです。

友達も私も一人暮らしで、このまま家に帰るのは怖いと思い、サービスエリアで夜を明かしました。
家についたのは朝で、その日は仕事が休みだったこともあり、もう何も考えたくないと、私はお風呂にも入らずすぐ布団にもぐり込みました。
そのままぐっすり眠り、起きたのは夜20時頃でした。
よく眠れたことで頭がすっきりして、あの出来事は夢だったんじゃないかと思ったのです。
しかし、友達からの連絡で、夢ではなかったのだと絶望しました。

友達は家に帰り、ひと眠りしてから、あの釣りスポットを教えてくれた人に「こんなことがあった」と、相談したそうだのです。
すると、釣りスポットを教えてくれた人曰く、あそこは時々、変な声が聞こえたりおかしなものが見えるのだと言われたのだとか。
その人は「○○さん（友達）は幽霊とか見えないタイプだって言っていたから大丈夫かと思ったけど、見えちゃったんだね」と、心底申し訳なさそうにしていたらしいです。
私達が体験したのは、のっぺらぼうの男の人と海に浮かぶ大きな手の平、それから「おおい、おおい」と呼ぶ声ですが、他にも「海で溺れている人が見えたので引っ張り上げようとしたら誰もいなかった」とか「姿が見えないのに耳元で話しかけてくる」といったことがあるようなのです。
友達はあの体験をしてからというもの、夜釣りが怖くなり、日中にしか釣りに行くことはなくなったそうです。
私も、なるべく夜の海に近づくのはやめておこうと思いました。

夜の海には色んなものが引き寄せられてくると言います。
寄って来るのは、生きている人間じゃなかったり、この世のものではない恐ろしい存在ということもあるのです。
もしも夜の海へ行こうと考えているのなら、見知らぬ呼び声や怪しい人影に十分気を付けて。