バス停の男の子
投稿者:すもも (10)
バスが停車し、私は乗降口から乗り込み、すぐ脇の座席へ座ったのですが、男の子は乗車せずにただ立ち竦んだまま再び俯いていました。
「君は乗らないの?」
男の子は俯いたまま相槌を打ちます。
「次のバス、きっと一時間後だよ?」
男の子はただ相槌を返してくるだけです。
不思議には思ったものの、本人が乗らないの言うのならどうしようもないので、運転手の男性に「大丈夫です」と声を掛けると、乗降口のドアが勢いよく音を立て閉じていき、私は男の子が気になり窓からバス停を見下ろします。
「え」
私はドキッとした。
今まで下を向いていた男の子が顔を上げようとしているのです。
学生帽の下から徐々に解禁されていく顔のパーツに私は生唾をのみます。
小さな鼻を過ぎた鼻背の辺りから何やら痛々しい傷痕が露見し始め、煮え切った魚のように真っ白な両目が私と見つめ合いました。
その傷痕は火傷のようで、メロンの表面のように複雑な凹凸を刻み込んでいたのです。
唖然とする私と見つめ合う男の子は、やがて口許を綻ばせ、酷く黄ばみボロボロに抜け落ちた歯を見せました。
私の背が低いのか、それとも窓が高いのか、私の視界からはちょうど男の子の首から上が見えていて、一際その印象的な素顔に凄みを見せたのかもしれません。
いくら驚いたとはいえ、あまり人の顔を見て顔をしかめるのも悪いと思い、私は頑張って真顔を取り繕うと男の子へ愛想笑いを贈りました。
すると、バスが発進したので、ここで男の子ともお別れだと思い、内心ホッと肩を撫でおろすのですが、ふと気づけば、男の子の顔がいつまでたっても窓越しから離れないことに気づきました。
バスに引き離されることなくただ私と一定の距離感に在り続ける男の子の顔。
まさか走って追いかけているのか?なんて思い、腰を上げて路面を覗けば、男の子の体がありません。
そう、男の子は生首状態で私の真横を一定速度で並走していたのです。
目の前の男の子が異形の存在だと知ると途端に恐怖心が芽生え、腰が引けたように動かなくなり、私は唖然と口を開いたままいつまでも並走する男の子を眺める他できませんでした。
そして、暫く並走した後、男の子が大きく開口したかと思えば、真っ黒な口の中から小さな白い子供の顔が覗き、私に向かって何か告げるのです。
最早何が起きているのか理解できず、ただただ早く男の子が消えてくれる事を祈り、私は目を閉じて必死に祈り続けました。
ダァン!
しかし、大きな音に吃驚して目を開ければ、窓に大きく張り付いた男の子と、大きく開口した中から覗く別の子供の顔が窓ガラスに押し付けられていて、私は盛大に悲鳴を上げてしまいました。
「きゃあああ!」
私の悲鳴に吃驚した運転手が若干ハンドル操作を狂わせたのか、少しだけ車体がぐらりと迂回するもののすぐ直進し直し、「どうかしましたか?」とバックミラーを確認しながら声を掛けてくれます。
運転手の存在が私に冷静さを取り戻させてくれたのか、少しだけ安心し、再び窓を見てみれば何もいない事に戸惑い心弛びしました。
「な、なんでもないです、すみません」
私がそういうと、運転手は少し苦笑しながら「まあ、退屈ですから眠くなりますよね」などと、私が居眠りして怖い夢でも見たのだろうと勘違いしていました。
ただ、私もどう説明していいものかと思っていたので、恥ずかしそうにもう一度「すみません」と謝るだけに留め、何もいない窓をただ見つめる事しかできませんでした。
こういうストレートな怪談好き