ある日仕事から帰ると、家の玄関の前に置き配の段ボール箱が置かれていた。あれ、何か注文したっけと首を傾げつつ、箱を家の中に運び込む。箱はバスケットボールが入る程の大きさで、軽くゆすってみるとカタカタと音がする。とりあえずリビングの机の上に置いたが、やはり覚えがない。箱の上部の宅配票を見ると、宛先は確かにこちらの住所だが、宛名は知らない男性の名前で発送ミスだと気づいた。
発送者の情報はなかったが、宅配業者の名前と電話番号が記載されている。知らない名前の業者だと思いつつ電話をかけると、プルルっとコール音の後に電話がつながり、機械合成の甲高い女性の声で「ご用件を承りマス」という。俺は、もう時間も遅いし受付時間外なのだなと思いつつ「間違って荷物が宅配されてきたので引き取りに来てください。また折り返し連絡ください」と伝言を残して電話を切った。
その後数日が経ったが、なんとなく家の中に違和感を感じる。あれ、あのコップ出しっぱなしだったっけ、とか、あのリモコン、あんなところに置いていたっけ、とか。まあ俺も割とズボラな方なので気のせいだと思っていたのだが、気味の悪い現象はまだ続く。家の中で何者かに見られているように感じたり、顔を洗って鏡を見たら自分の後ろに人影がいたような。しかしまばたきをして鏡を見直すと何もいない。
そう言えば、と思いつく。この気味の悪い感じは、あの置き配が家に来てからではないかと。まだ宅配業者からの連絡はない。気になってリビングに置いた箱を見に行ってみると、あれ、箱の封が開いている?もちろん俺は決して箱を開けていないのに、箱に封をしていたガムテープが外れ、箱の上部が少し外に開いている。肌寒いものを感じたが、箱を開けてみると中には何もない。その時、ふと視線を感じた。振り向くとリビングの雑貨棚に西洋人形が座っていた。普通の西洋人形とは違いストレートの黒髪と、黒いドレスでどこか暗い雰囲気を漂わせた人形がこちらを見ている。箱の中に入っていたのはこの人形だ。そう直感した。背筋に冷や汗が流れたが、震える手で人形を掴み上げると、箱の中にしまい宅配業者に再び電話をかけた。また女性の合成音声で「ご用件を承りマス」と言う。俺はなんで誰も出ないんだよ、と苛立ちつつ、「こっちは何日も前から連絡してるんだ!早く引き取りに来てくれ!」と声を荒げると、合成音声が「お荷物のお引き取りはできまセン」と返す、あっけに取られていると声は「もう逃げられまセン」と続けてそのあとは何も話さない。俺は電話を持っているのも恐ろしくなり、その場に電話を取り落とした。人形の入っている段ボールの箱が、とても恐ろしいものに思えたが、震える手で箱を掴むと、靴を履き玄関を出て数ブロック先のゴミ捨て場に投げ捨てた。箱を抱えて走っている間に箱の中から聞こえたカタカタと言う音が、なぜか耳から離れなかった。
そのあとは寝付く気にもなれず、ベッドに座って大音量でテレビをつけていたが、いつのまにか眠っていたようだ。そして目を開けると視線を感じる。ベッドの脇、枕元にベッドと同じ高さの小さな棚が置いてあるのだが、その上、自分の顔のすぐ横に、あの人形が座りじっとこちらを見ていた。俺は半狂乱になりながら飛び起きリビングへと走った。半開きになった箱が机に置いてある。俺はひとかけらだけ残った理性で仕事着に着替え鞄を持って家を飛び出し仕事に向かったが、仕事の間も人形のことを思い出し何も手につかない。「もう逃げられまセン」と言う合成音声の声が耳に蘇る。終業後も家に帰る気になれず、友人に電話をかける。今日泊めてくれないか、と言うと、友人は気のいいやつで、なんだよいきなり、と言いつつも、オーケーしてくれた。アパートで俺を出迎えた友人は事情を尋ねるが、大の大人が人形が怖いなどと言うこともできず、ちょっと嫌なことがあって、とだけ言って言葉を濁した。友人は深くは聞かず、そのあとは映画など見ながら酒を飲んでいたらいつの間にか眠っていたようだ。
そして目を覚ますと、見慣れた自宅の天井が見えた。あれ、俺友人の家に行ってたんじゃなかったっけ、と寝ぼけた頭で混乱していると、枕元の西洋人形がこちらを見つめていた。じっとこちらを向いて座っている。恐怖に身動きができないでいると、いきなり携帯電話がなった。ビクッとして恐る恐る発信者を見ると友人から。電話に出ると、「やっと出た、昨日、いきなりいなくなったから心配したんだぜ」、とのこと。今どこ?と聞かれ、自宅、と答えると、そう、良かった、と言って友人は電話を切った。俺は頭が真っ白になっている。俺はあのあと自分の足で自宅に帰ったのか?あんなに恐れていたこの家に。記憶もないままに。
そうだ、と思い立つ。この人形が全ての原因なんだ。この人形を燃やしてしまえば解決する。俺は人形を掴むと家の外の車庫まで持っていった。車庫の床に置き、ガソリンをかける。ライターに火をつけようとするがなかなか火がつかない。カチ、カチ、カチ、と3回ほどしたあとでふと我に帰る。周囲にガソリンが飛び散り、自分のズボンの裾まで濡れている。このまま火をつけたら自分まで焼け死んでしまう。人形を見下ろすと、ガソリンに濡れた人形がこちらを見上げて睨んでるように見えた。俺は人形を車庫に置いたまま家の中に逃げ戻った。
翌朝、やはり人形は枕元に座っていた。ガソリンで汚れたはずなのになぜか綺麗になっていた。ああ、もう逃げられないのだと、深い絶望と諦めを感じた。
最近では起きていても現実感が希薄だ。あの人形が話しかけてくるように感じる。あの電話の合成音声の声で。「ずっと一緒ダヨ」と。もう仕事にも行っていない。何日も家から出ていない。ただ人形と見つめあって暮らしている。どこかで冷静な自分が、自分が狂いつつあることを自覚している。
ああ、どうしてこんなことになってしまったのか。あの置き配を家に上げなければ、こんなことにはならなかったのに。これを読んでいるあなたは、心当たりのない荷物には気をつけてくれ。

























※コメントは承認制のため反映まで時間がかかる場合があります。