あの世行きのバス
投稿者:kyogoku (4)
「先輩、聞いてくださいよ。昨日の出張から帰る時、ヘンなことがあったんです」
一緒に昼食を食べていた後輩から、不意に話を切り出された。
「クライアントの会社へ伺って、ウチの新製品をプレゼンしてきたんです。でも、過去の製品についてネチネチ文句を言われて、私も過去の製品を詳しく知らないから返す言葉も無くて、結局プレゼンは大失敗しちゃったんですよ。もう本当に悔しくて。」
クライアントは、一昨年に発売した製品のお得意様だった。担当者曰く、”無茶な要求ばかり言ってくる”と嘆いていた。
「結局、お客様は新製品なんか興味ないの一点張りで、契約も取れなくて課長と部長に電話で叱られ、落ち込んだまま自宅に帰ろうとしたんです」
「それはお疲れ様だったな。」
「それで、電車でヤケ酒呑んでたんですけど、いつもより酒の回りが早くて、かなり酔っ払っちゃったんですよね。そのせいか、いつもより長く電車に揺られているような気がして、なかなか近くの駅まで着かなかったんですよ」
「だいぶ酔ってたんだな」
「はい。それでやっと駅を降りてバスに乗り換えたんですよ。で、気づいたら朝自宅のフトンで目が覚めたんです」
「バスに乗ってから布団で寝るまでの記憶が無いってことか?かなり酔ってたんだなぁ」
「いやぁ、500mlの缶ビールたった1本で記憶無くしたの初めてで、ビックリしました。」
「どんなに呑んでも次の日ちゃんと出社するおまえがそれだけの量で記憶を無くすなんて、よっぽど参ってたんだなぁ。今日は早く帰れよ」
「お気遣い、ありがとうございます」
そう言って、午後の仕事に戻っていった。
1週間後、後輩から仕事終わりに飲み屋に付き合ってほしいとのメールが届いた。先週の出張で不思議なことがあったので聞いてほしいとのことだった。
「で、不思議な事って何だ?」
「実は、バスに乗ってから、何があったのか、段々思い出してきたんです。思い出したら怖くなっちゃって、話を是非先輩に聞いてほしかったんです」
「それで、何があったんだ?」
後輩の話はこうだった。
バス停でバスを待っていると、最終バスの10分前にバスが到着したそうだ。いつもガラガラなのに、その日に限って全席人が座っていたそうだ。
バスが停車する際、アナウンスは流れず、運転手さんは1言もしゃべらない。気がつくと、いつもと違う道路を走っていて、対向車線、バスの前後、どちらも車の影は無かった。
不安になり、目の前の座席に座っていた老人に「このバスどこに向かっているんですか?」と声を掛けた途端、乗客が一斉にこちらを見つめ、ざわめき始めた。老人は、慌てた様子で運転手の元へ行き、耳打ちしていた。
やがて運転手がやってきて、「お嬢さん、次の停留所で降りて!降りたらまっすぐ歩いて!そのまま正面のお寺さんに行って!絶対他の道を行っちゃダメだよ!」と強く怒鳴られた。
バスが停まったので、バスから降りると、そこは、自宅からかなり離れた場所にある「バス停Z」だった。
そこから道は3本に別れていた。正面は真っ暗なあぜ道、左右は電灯があり、道も舗装され、突き当りに街の明かりが見えた。
できれば正面の道は行きたくなかったが、車掌に怒鳴られた手前、しかたなく正面の道を選んだ。
寺には、袈裟をまとった男性が立っていた。その男性は「お疲れ様です。いまタクシー呼ぶから待ってなさい。」と告げられ、程なくやってきたタクシーに乗って自宅に帰ったのであった。
「なんとも不思議な話だな。それで、その寺の名前は覚えているか?」
「はい、X市のY寺です」
「その寺には、連絡したのか?」
シンプルでいい話
あの世行きは電車もバスもあるのですね
ありそうで、なさそうだけど、よく考えると怖い話。
最初男だと思ってた後輩が途中から女だったとわかった。