キコ……ル
投稿者:with (43)
俺が中学生の頃MDが流行ってて、三つ上の兄貴が当時流行りのアーティストの曲をいくつも持っていた。
俺は、兄貴にMDを借りてからというもの部屋にあるスピーカーに繋げて適当に曲を流して聞いていたんだが、某アイドルのバラードの合間で何か違和感を覚えた。
読んでいた漫画を閉じて違和感がある箇所まで巻き戻すと、今度は耳に意識を向けて問題のコーラスまで待つ。
『キコ……ル』
明らかな女性の弱々しい声が聞き取れた。
この時俺は怖さよりも霊現象に直面した興奮のほうが上を行き、変にテンションが上がり「すげえ!」と目を輝かせていた。
というのも当時は心霊ブーム真っ只中だったので、今日の発見をテレビ局にでも送ったら話題になるんじゃ、とか考えていたからだ。
「にいちゃーん!ちょい来て!」
早速リビングにいた兄貴を呼びに行って問題の曲を聞いてもらうことにした。
「マジですごいんやって、聞いて!」
兄貴は俺のテンションに気圧されながらも怠そうに部屋に入って、スピーカーに耳を傾けた。
「…何も聞こえへんよ」
そんなバカなと、問題の箇所を何度も再生して聞いてみるが霊の声は入っていなかった。
兄貴は呆れたように部屋を出ていった。
あの声は聞き間違えるほど小さくもなく、確かに女性の声を俺は聞いたはずだと、一人ベッドの上で執拗にリピート再生させて聞いていた。
結局何度聞いても曲の頭から最後まで入り込んだ声は無く、零時を回っていたことで俺は睡魔に負けてそのまま寝入ってしまった。
気がつくと部屋の照明が消されており真っ暗闇だったが、再生中のMDのランプがぼんやりと浮かんでいるのに目がいく。
某アイドルの曲がサビに入ったところで、
『キコエテル』
今度ははっきりと「聞こえてる」と聞き取れた。
「うわっ、すげ、ハッキリ聞こえたわ」
すっかり眠気が治まった俺はベッドの上で正座し、もう一度確かめようと曲を停止して巻き戻そうとした時だった。
『キコエテル?』
シンと静まり返る部屋にはっきりと女の声がした。
耳元で囁くようにねっとりとした感触がした。
俺はMDを投げ捨てて一目散に部屋を飛び出す。
あれはMDから聞こえた声じゃなかった。
俺の耳許に直接喋りかけた声だった。
その日はすでに就寝中の兄貴の部屋に押し入って適当に床で雑魚寝した。
翌日、一応音源を確認したがやはり何も入ってない通常の曲だった。
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