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不思議体験

本宮晃樹さんによる不思議体験にまつわる怖い話の投稿です

山に魅入られる
長編 2026/08/30 10:24 41view

 わたしは20代後半から、かれこれ15年ほど登山を続けている。週一登山を己に課していたので、年間50回前後、累計でいえば750回は山へ入った勘定になる。
 あえてくり返す、750回である。それだけこなしていれば、どれほど細心の注意を払おうとも絶体絶命の修羅場に直面することは確率的にいって、避けられない。
 以下に記すのはそうした窮地に陥ったエピソードのうち、3年前の秋に鈴鹿山脈で体験したできごとである。一部、以前投降した話とクロスオーバーする部分があるので、時間のある読者は拙著「まぼろしの村」(https://kikikaikai.kusuguru.co.jp/39728)を先にお読みいただきたい。

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 その当時、わたしは大阪から舞い込む仕事に忙殺されていた。月の残業時間は80~100時間がアベレージで、ほとんど毎日終電帰りというハードな日々であった。土日だけは死守していたものの、慢性的な疲労感にさいなまれており、登山の絶対条件とされる早朝開始すら満足にこなせていなかった。
 それでもどうにか気力を振り絞った。時節は11月下旬、出発は10:30という(マジメな山岳会が聞いたら腰を抜かすほどの)異例の遅さであった。

 まともな登山者なら行程を短縮し、日没前までに降りてくるよう取り計らうのだろうが、あいにくわたしはまともな登山者ではない。陽の沈むのが速くなる冬季はむしろ開き直り、夜間ハイクを前提としたハイリスク山行が常態化していた。
 当日の想定ルートは以下の通り。

時山集落烏帽子岳登山口→烏帽子岳→三国岳→鞍掛峠手前の無名峰→バリエーションルート経由→滋賀県側の林道→三国岳登山口→阿蘇谷経由→時山集落烏帽子岳登山口

 わたしは鈴鹿山脈にとある理由(拙著「まぼろしの村」参照)により10年以上も入り浸っている関係で、新規ルート開拓に血道を上げるようになっていた。登山という趣味を長期にわたって継続できるか否かは、体力の維持でも技術力の向上でもなく、〈飽き〉をいかに遠ざけるかにかかっている。

 正社員として勤務しているのであれば、毎週末ごとに日本全国を未踏峰求めて飛び回ることは難しい。自然、近所の手ごろな山域をホームフィールドにせざるをえない。わたしにとってはそれが鈴鹿山脈になるのだが、10年も通っていれば正規ルートなどとっくに登り尽くしてしまっている。
 毎回同じトレイルでは遅かれ早かれ、飽きがくる。いったんこれに憑りつかれてしまえば、あとはもう引退までさえぎるものはなにもない。そうならないため、わたしはGPSをフル活用し、登山道のない野良の尾根や沢を開拓するという、非常にリスクの高い山行にシフトし始めていた。このときのルートにもそうしたバリエーションが含まれており、行程がスムーズにいかないのはむしろ必然であった。

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 案の定、鞍掛峠手前の無名峰~滋賀県側の林道をつなぐバリルートの踏破に想定以上の時間をとられてしまった。いまにも降り出しそうな薄曇りのなか、滋賀県側の登山口に着いたのが15:45ごろであった。廃道と見まがうような未整備のルートを悪戦苦戦しながらクリアし、16:40ごろ、ようやく標高800メートル付近の稜線に達した。が、ここでまたもやトラブルが出来する。阿蘇谷に通された沢ルートがどうしても見つからないのだ。
 過去に阿蘇谷は登りでも下りでも通過しているし、下山路の基点には手作りの簡素な指導標があったはずだ。それを目当てにしていたのがまずかった。次第に闇に包まれ始めた山中で、幅数センチメートル、長さ10センチメートル程度の小さな指導標をドンピシャリで見つけられるはずがなかった。

 幽かな記憶を辿りながら、何度も下山口を探して周辺をうろついたものの、どうしてもルートが見つからない。わたしは焦りを覚え始めていた。阿蘇谷ルートは通る者とて絶えて久しい、半廃道のようなトレイルである。日没後のナイトハイクには熟達しているものの、沢筋は渡渉が多いため夜間は道をロストしやすい。
 過去に小秀山の沢をナイトハイクで強引に降りた際、ルートを見失って顔を撫でられてもわからないような闇のなか、こけつまろびつ下山した忌まわしい記憶がフラッシュバックする。一刻も早く下山しなければという焦燥感だけが募っていく。

 わたしは登山用GPSの〈ジオグラフィカ〉というアプリケーションを愛用している。国土地理院が発行している地形図をベースに、現在地をプロットしてくれる非常に有用なツールだ。正しく地形図を読めさえすれば、事実上遭難はありえない。そして実際、いままでジオグラフィカを駆使して何度も窮地を脱してきた。ここに慢心があった。
 下山口が見つからないことに業を煮やし、適当に阿蘇谷を降りるというムチャな行程にシフトする。ところが阿蘇谷の上流はV字に切れ込んだ深い溝になっており、とても下っていけるような渓相ではない。〈迷ったとき、沢を下ってはならない〉。登山の鉄則を遅まきながら思いだし、疲れ切った身体に鞭を打っていったん稜線まで這いあがった。戻る際も当然道はなく、崖に近い角度の尾根を必死の思いで登りきったのだった。

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 いよいよ進退窮まりつつあった。急いで代替ルートを考える。過去にダイラの頭から地図に表記のないバリエーションの尾根を辿って下山したことがあった。尾根ルートであれば沢のように滝や早瀬で立ち往生する恐れもない。すでに時刻は17:00をすぎており、あたりは宵闇に包まれていたものの、一度通った道であればバリルートでも下山できる自信はあった。
 迷っている時間すら惜しい。ダイラの頭を目指して稜線をトレースしていく。斜度が緩んだところでザックを下ろし、ヘッドランプを取り出そうと中身を漁る――。ない。今日に限っていつもと違うザックにしたのが仇となった。片手が塞がってしまうが、スマートフォンのライトに頼るしかない。が、所詮はオプション機能にすぎない。光量は実用レベルからはほど遠く、有効視程はせいぜい2~3メートル程度だ。まさに一寸先は闇である。

 ダイラの頭に着いたのが17:30。下山方向を慎重に見定めていると、ついに天気予報通り雨が降り始めた。それも天が割れたかのようなすさまじい土砂降りであった。雨具はあったのだが、どうせすぐ止むだろうと高をくくって着ないまま下山を開始。この楽観がのちに命取りとなる。
 ダイラの頭からのバリルートは尾根があちこちに褶曲する迷路のような様相で、分岐点を間違えれば復帰困難な谷底へと吸い込まれてしまう。わたしはスマートフォンを片手に持ちながら、GPSにどっぷり依存する形で歩き始めた。

 これは簡単に思えるかもしれないが、山岳用GPSは車載ナビとは使い勝手がまったく異なる。いちいち進行方向を左折だの直進だの教えてくれるわけではなく、等高線を読んで踏破できそうな弱点を選び続けなければならない。
 かてて加えて現場はもともと登山道のないバリエーションである。道はうっすら踏み跡が残っている程度だ。さらに折りからの土砂降りのせいで霧が発生し、ライトは乱反射してほとんど使いものにならない。有効視程は1メートル強にまで下がり、真の闇のなかを手さぐりで歩いているような状態に陥っていた。
 おまけに晩秋とあって尾根には落ち葉が厚く堆積している。それらが雨で濡れれば、尾根全体はさながらウォータースライダーのようなものである。わたしは何度も足を取られて転び、背中や肘を強打しながら這う這うの体で降りていった。
 尾根という地形がピークからふもとにかけて派生する関係上、闇のなかで道を正確にトレースするにはたいへんな集中力を要する。絶え間なく頭を打つ雨のせいで、意識を明瞭に保つことすら難しい状況である。スマートフォンで確認するたび、尾根芯を逸れて歩いていることに気づき、慌てて軌道修正する。それを際限なくくり返す。標高は遅々として下がらない。

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 自画自賛で恐縮だけれども、並みの登山者であればパニックを起こしてムチャクチャに走り回り、名もなき谷へ落ちて命を落としていただろう。わたしは徹底した無神論者なので、暗闇によって恐怖心を呼び起こされる心配はなかった。これが生と死との分水嶺になったのだと思う。常に冷静さを失わず、木に巻いてあるリボンを見つけるたび、「よし」と声に出して確認し、正解ルート上にいることを意識した。

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