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呪い・祟り

本宮晃樹さんによる呪い・祟りにまつわる怖い話の投稿です

幸せ売ります
長編 2026/07/26 17:20 293view

「藤ちゃんから聞いたんやけど、捨てたらあかんらしい」
 俺はだんだんイライラしてきた。誰がなんのためにこんな手の込んだイタズラを思いついたのか知らないけど、これは明らかにやりすぎだ。川合君は精神的にずいぶん追い詰められている。
「それ、ちょっと借りるわ」俺はなかば奪いとるようにコインをもぎとった。「こんなもん、いますぐ処分したる」
 コメダ珈琲の外に出た。川合君が何事かとついてくる。大きく振りかぶって、思い切りコインを放り投げた。〈ハッピネス®〉は店舗の屋根を飛び越えて、ミサイルみたいに吹っ飛んでいった。

「これでスッキリしたやろ」
「たっちゃん、なんてことしてくれたんやッ!」友人が掴みかかってきた。「捨てた奴は死ぬって聞いてるんやぞ」
「もしそうなら死んだ人のとこで所有権の移転は止まるわけやろ。こうやって人づてに受け渡されとる時点で誰も死んどらんのやて。昔流行った不幸の手紙と一緒の手口やん」
 どうもそこまで考えが及んでいなかったらしい。途端に態度が軟化して、ニコニコ笑顔の川合君が戻ってきた。

 俺たちは店内に戻り、例のしょうもないコインのことは忘れて雑談に花を咲かせた。昔話やお互いの近況なんかを小1時間とりとめもなくしゃべり、お開きになった。
 川合君は去り際、相談に乗ってくれてありがとうと何度も礼を言いつつも、なおも不安そうに〈ハッピネス®〉が飛んでいったほうを気にしているようだった。

     *     *     *

 ここまで長々と書いた旧友との会合が、だいたい1年くらい前のできごとだったのね。
 で、そういえばあれから川合君は元気にやってるだろうかと思って、ついこないだ、久しぶりに連絡してみたわけ。「まめかー?」ってね。岐阜弁で元気かって意味なんだけども。

 音信不通になってた。電話はつながらないし、LINEも未読スルー。
 もちろんこの事実が彼の死亡説を支持する状況証拠になるわけじゃない。15年も音沙汰のなかった奴なんだから、目的を遂げたってんでまた元の木阿弥に戻っただけなんだろう、たぶん。
 俺は〈ハッピネス®〉の効用なんて全然信じてないし(ちょっとだけ気味が悪いくらいには思ったけどね)、それのせいで川合君が身まかってるなんて絶対にありえない。これは自信をもって断言できる。あのコインにどれだけ精巧な集積回路が積んであったにしても、人間の人生をコントロールできる装置がこの世にあるはずないんだから。
 だから例のコインはどこかの悪趣味な野郎がこさえた、不幸の手紙の亜種だったんだろう。まあ完成度は高かった、それは認める。説明書なんて出色の出来栄えだった。

 俺が気になるのは〈ハッピネス®〉の効果なんかじゃなくて、あのイタズラがよって立つ哲学なんだよ。あれを作った奴はなかなか学識があるみたいだね。なんだっけ、〈個人における幸福度の功利主義的計測〉だっけか。よくこんなわけのわからない言葉を思いつくよな。
 仕掛け人のもってまわったくどい言葉を平易に要約すれば、つまるところこう言いたいんだろう。「人間の運命はあらかじめ決まっている」と。
 運命が決まってるというのは、未来が固定されてるってことだよな。でも俺たちは普段、自由意志を当たり前に行使して仕事に行ったりマッチングアプリでいいね! を女の子にバラまいたり、このしょうもない話を読んだりしてる。

 いまのセンテンスを読んだらすぐわかると思うけど、自由意志と運命決定論は背反してるよね。両立はどうあってもできない。たぶんこの話を読んでるほとんどの人は、自分には自由意志があって、未来はいかようにも切り拓けるもんだと思ってるはず。念のため書いとくけど、俺もそう思ってる側の人間。
 ここのところをもうちょい深掘りしてみようと思う。自由意志と運命決定論は以下のように整理できる。

①自由意志が正しいケース→未来は不確定で人生の意義は大きい(自己責任世界)
②自由意志なのか運命決定論なのかわからないケース→未来は不確定or確定で人生の意義は考え方次第(俺たちの住んでる世界)
③運命決定論が正しいケース→未来は確定していて人生の意義は皆無(自堕落世界)

 蛇足になるけど補足説明をしておく。①はこの世界が自由意志に左右されるパターン。未来がどうなるかはおのれの頑張り次第でよくも悪くもなるから、みんな血眼になって人生をまっとうする。自己責任論が隅から隅まで徹底されたちょっとしんどい世界ってことになるね。
 ②は世界のルールが自由意志なのか運命決定論なのかわからないパターン。もしかしたら運命は決まってるのかも、という疑念こそあるものの、自由意志が作用する可能性も同じようにあるからいい加減なことはできない。このケースはそうした理由から「自由意志がアクティヴ」なほうにベットせざるをえないのね。仮に運命決定論が世界を支配してるとしても、それを知らなけりゃ実質①と同じなわけだから。
 さて問題は③。もし運命決定論が正しいとしたら、俺たちは誰もマジメに人生を考えなくなっちゃう。どうせなるようにしかならないなら、なんで努力なんかしなきゃなんないのって話。だってもう未来は決まってるんだから、どうあがこうとも無駄だもんな。

 ここでやっと川合君(とついでに藤堂)の話に戻るわけなんだけどさ。川合君が株式投資で億り人になれたのは紛れもなく彼自身の努力の賜だったはずなんだよ。謙遜して適当に買ったなんて言ってたけど、200万円も借金してかき集めた虎の子をいい加減に運用するはずないからね。
 だから川合君は今後の人生の幸運を全部使い切っちゃったなんて思う必要は全然なかった。カマ掘られたのも投資の成績が芳しくないのもなんてことのない、日常の一コマだったんだから。

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