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呪い・祟り

本宮晃樹さんによる呪い・祟りにまつわる怖い話の投稿です

幸せ売ります
長編 2026/07/26 17:20 248view

「ええよ、それで気がすむならね」
 友人のやつれた顔がヒマワリみたいに明るくなった。「えっ、いいの?」
「その前に聞きたいんやけど、なんで俺に話を持ってきたん」
「なんや知らん、家族には譲ったらあかん決まりらしくて、こんな話聞いてくれるのはたっちゃんくらいしか思い浮かばんくてね」
 そう言って、川合君はヴィトンのバッグから四つ折りの紙切れを取り出した。
「これ。取扱説明書」
 ざっと目を通してみた。素材は間違いなく紙なんだけど、なにかコーティングがしてあるのかつるつるしてて目立った傷みもない。フォーマットはよくある電化製品の説明書と似たようなもので、細かい字がところ狭しとビッシリ詰め込んである。表紙には商品名らしき〈ハッピネス®〉という文字が大きく印刷されていた。ご丁寧にメーカー名まで書いてあり、〈NPO法人 ウェルビーイングの会〉とある。装丁といい書式といい、異常なまでの細部へのこだわりを感じる。イタズラにしては手が込みすぎていた。
※以下ちょくちょく説明書からの引用文を載せるけど、原文ママなのは保証する。いまだに手元に残ってるからね。

 目次を見て〈4 人に譲渡する場合〉のページを開いてみる。長ったらしい注釈が延々と書いてあったけど、要約すると『5等親以内の血縁者への譲渡は厳禁』、『譲渡に際しては対面による有償取引(売り主、買い主双方が合意した任意の価格にて)を厳守』ということらしい。
 よく見るといちばん最初のページに〈はじめに 本商品を使うにあたって〉という項目があり、川合君がさっき話した幸せの総量だの前借りだののことがちゃんと書いてある。ただ自由意志だの運命決定論だのといった哲学者が好む専門用語がふんだんに盛り込まれているので、ある程度の教養がないと趣旨を理解できないようにわざと難しく書いているふしがあった。参考までにその部分を少しだけ引用しておく。一読すれば定義のくどさに胸焼けがするはずだ。

『幸福がなにによってもたらされるかは多種多様であり、〈NPO法人 ウェルビーイングの会〉(以下、当団体)は個々人でそれが異なると想定しています。当団体では幸福感を金銭の多寡である程度測れるものと考え、これを〈個人における幸福度の功利主義的計測〉と呼んでいます。本品はユーザーに与えられた幸福の総量(GROSS HAPPINESS)を把握し、分配バランスを可能な限り現在へ収束させる効果があります』

「川合君、これちゃんと読んだ?」
「読んどらんよ、なんかようわからん難しいこと書いたるし」
「読んでもおらんのに、なんで譲渡の規則とか知ってんの」
「藤ちゃんから一通り聞いたでね」
 話を聞いた限り、〈ハッピネス®〉の譲渡方法や効用、処分の仕方など最低限のルールは旧持ち主から一通りレクチャーされるらしい。俺はまたぞろ始まった旧友の長話を聞きながら、説明書を斜め読みしていた。すると、妙に気になる文言が目に飛び込んできた。〈はじめに 本商品を使うにあたって〉の末尾が、不穏な文章で締めくくられている。

『本品には適正な所有期限があります。お客さまごとに当該期間は異なりますので、お客さまご自身で判断いただき、永久保有は避けてください。当団体では長期間にわたる〈ハッピネス®〉の保有が惹き起こす事象に関しては、いかなる責任も負いかねます』

「それ、藤堂から売ってもらったって言ってたやん。藤堂は誰から……?」
「職場の先輩って言ってたかな」
 いったいこの代物の出所はどこなんだろう? 誰が、なんのためにこんなイタズラを始めたのだろう? それとも本当に〈NPO法人 ウェルビーイングの会〉が実在するのか? その場で調べてみたけど、似たような名前の団体名こそ複数ヒットするものの、そのものズバリのNPO法人は引っかからない。

 俺は情けないことに、どうにも川合君の持ってるコインを気持ちよく受け取れない心境になりつつあった。『長期間にわたる〈ハッピネス®〉の保有が惹き起こす事象』ってなんだ? 明言はされてないけれども、これってやっぱり……。

「ちょっと思ったんだけど、こんなもんメルカリとかヤフーフリマとかで売っちゃえばいいやん」
「それなあ。なんか知らんけど、できんのやて」
 川合君は不思議そうに首を振りながら、スマホの画面を見せてきた。プラットフォームはメルカリで、最低落札価格に設定して出品しようとしても、『本品はお取り扱いできません』という謎のエラーメッセージが出てしまうのだった。
「他のサイトでも同じ?」
 川合君はうなずいた。もう不安そうな表情を隠そうともしていない。説明書に『対面による有償取引』を厳守せよと書いてあったのを思い出す。まさか、ネットでの出品は対面じゃないからダメなのか? あんな紙ペラごときになにが書いてあろうとも、影響が現実世界におよぶのはさすがにおかしい。でも、じゃあなんで売れないんだろう。

「なんか最近、なにやってもうまくいかんくなっちゃって。株はガンガン値下がりしてくし、車は後ろからカマ掘られるし」
「幸運を前借りしたぶんの清算が始まってると」
「な、たっちゃん。1円でもいいから買ってよ」
「つーか、そんなに持ってるの不安なら捨てたらええんやないの」
 言いつつ、説明書の目次に目を走らせる――案の定、あった。〈7 本品の処分について〉という項目を拾い読みしていく。『〈ハッピネス®〉の処分については地方自治体の条例にしたがってください。ただし本品の廃棄にともなって惹き起こされる事象について、当団体はいかなる責任も負いかねます』とあった。わかりやすく意訳すれば、要するに「捨てるな」というわけだ。

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