俺の問いかけを完全に無視して唐突に、そう言った。この導入は確実にマルチや、三十六計逃げるに如かず――。
「ぼちぼちでんなあ。そっちはどうなん」
「僕はそろそろ在庫が尽きてまうかもしれんのやて」
マルチじゃなくて転売ヤーだったか? 俺はちょっとイライラし始めてた。会話の歯切れが悪くて遠回しに匂わせるような発言が鼻につく。
「なに、在庫ってどういうこと」
「だから、幸せの在庫」
俺はまじまじと川合君の顔を見つめた。冗談を言っている表情じゃなく、思いつめたように下唇を噛んでる。
「なんやそれ。変な宗教でもやってんの」
「いろいろあってさ。まあ聞いてよ――」
川合君の話はべらぼうに長かった。おまけに話の進め方も下手で時系列があっちこっちに飛ぶもんだから、何度も話の腰を折るような質問を挟まなきゃならなかった。読者の便宜のために彼の語ったエピソードを簡潔にまとめておく。これホントに苦労したから感謝してほしい。
* * *
川合君は15年くらい前に俺と縁が切れたあとも、変わらず3人の子どもと奥さんと一緒に岐阜の片田舎で暮らしてたんだけど、だんだん奥さんとソリが合わなくなってきた。理由は挙げだせばキリがないくらいあったんだけども、その中でも奥さんの実家がどうしても我慢ならなかったそうだ。
奥さんの実家はけっこう太くて、新居の購入代金もかなり援助してもらってたらしい。川合君は最初に入った建設系のけっこう待遇のいい会社を半年でバックレてから、職を転々としてるような経歴だったから、お世辞にも稼ぎがいいとはいえない状態だった。だからまあ、義実家の援護射撃は願ってもない僥倖だったわけ。
でも向こうだってタダでお金を出してくれてたわけじゃない。経済学の格言に〈無料のランチはない〉ってのがある。誰かがロハでなにかをくれる場合、必ずなんらかの見返りを求められるよ、気をつけましょうねっていう至極当たり前の話なんだけどさ。
で、川合君の義実家も〈無料のランチはない〉の格言通り、献金の対価を求めてきた。子どもの習いごとを勝手に決められたり、義実家への孫を連れての訪問を週一で要求されたり、家具の配置をわけのわかんない風水とかいう戯言に従って配置させられたり。とにかくもう義実家が侵略してない分野を探すほうが難しいくらい、過干渉状態に陥ってたらしい。
こういうことが積もり積もって、ついに離婚と相成った。本当は奥さんwith義実家連合軍に対する恨みつらみエピソードが無数にあるんだけど、退屈だろうから全部割愛する。とにかく川合君夫妻は離婚したのね。それが7~8年くらい前のことなんだと。
3人の子どもの親権は当然奥さんにもってかれて、新居の購入名義は川合君だったから、地獄の借金生活が始まった。もう義実家のサポートは得られないわけだから、住宅ローンは全部自分で返済してかなきゃならない。それに加えて養育費の支払いもある。ローン10万、養育費に7万、締めて月当たり17万円が固定費として吹っ飛んでった。
当時の彼は現場仕事をやってたんだけど、そのときの月収が額面で22万くらい、手取り換算だとだいたい19万前後だった。川合君は実質、17万円の固定費を差し引いた残りの2万円で生活してたんだって。
貯金を取り崩してなんとか頑張ってたけど、早晩そんな生活は破綻するに決まってた。毎日もやし炒めを食べるだけの極貧生活のせいで、川合君は骨と皮だけのアフリカ難民みたいになっちゃって、普段はおっかない職場の先輩たちすら心配して昼飯をおごってくれたらしい。
ついに電気とガスを止められるとこまでいって、彼も遅まきながら危機感を持った。なんとかして当座の生活資金を工面しないといけない。実家は折り合いが悪くてダメ、友だちから借りるにしても、10万20万程度じゃ焼け石に水。八方ふさがりだった。
そんなとき、川合君は藤堂から連絡をもらったらしい。覚えてるかな? 俺から総額26万円借りてバックレたドロボウ野郎のことね。書き忘れてたけど、藤堂と俺と川合君は小中学校が一緒の同郷出身だったから、よく一緒に集まったりしてたのね。奴は俺と川合君の共通の友人でもあったわけさ。
で、藤堂が急ぎで会ってほしいって――ちょうどいまの川合君みたいに――いうもんだから、川合君はとるものもとりあえず話を聞くことにした。
そこで彼は藤堂から、妙なモノを売りつけられたんだそうだ。
* * *
「それが、これね」
川合君はポケットから500円玉くらいのコインを取り出した。月桂冠みたいな絵の彫られた凝った意匠で、なかなかオシャレだったのを覚えてる。記念硬貨かなんかだろうか? 中にはプレミアムがついて額面価格以上の値がついてるものもあるらしいから、それを値上がりするからとかなんとか言い含めれられて売りつけられたってのがオチだろう。
「それ、なんやの」
「これ、持ってるだけで幸せになれる魔法のコインなんやて」
俺は固く目をつむった。貧すれば鈍する。なんかもう呆れを通り越して悲しくなってきた。借金を踏み倒しやがった藤堂はともかく、川合君は縁が切れたとはいえ、20代前半のころはよくつるんでた仲だ。そんな2人が揃いも揃って霊感商法みたいなしょうもない詐欺に引っかかってるんだからね。
「意味がわからん。それ持ってるとなんかご利益でもあんの?」
「株をちょっとね、やってみたんさ」
「へえ、個別? 投信?」
「そらたっちゃん、個別に決まっとるやん」
川合君は投資でもうけた人間特有の、優越感丸出しの態度だ。
「ファンダメンタルズかテクニカルか、どっちメインで買ったの」
「ああ、なんかそういうのがあるらしいね。気にしたことないわ」
「えっ、チャートとか財務諸表とか見てないんか」
「僕難しいことわからんもん。よさそうなの適当に買っただけだで」
























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