俺は、親父が自分の出自にコンプレックスを抱いていることに気づいていた。親父の母方のおばあさんは、ヨーロッパ系のロシア人だったのだ。
ツマ子の声はよく通るので、ご近所にも親父との口喧嘩が丸聞こえだった。
あいつは俺のいない所で、親父を「ソ連に帰れ、このコンケツが」としつこく罵っていたのだ!そうして、親父はある時何かがブチッと小さな音を立てて千切れるのを感じたのだろう。
「じいちゃんもばあちゃんもいい人だったなあ。眼光が穏やかで、話し方にも温みがあって、夫婦仲もよくて俺は大好きだった。俺にとって、ばあちゃんは″アイノコ″なんかじゃなくて、普通の人間で俺の大事な家族だったよ。」
と、俺はすすり泣く親父を慰めてあげた。そして、
(やっぱりお前が親父を殺したようなもんだったんだな‥‥‥!)
と、改めてツマ子への憎しみをたぎらせた。
南から冷たい風が吹いてきた。低空には青黒い雲海が広がり、上空に向かって薄墨色まじりの白い山のような雲が伸び上がっている。これから夕立になるかもしれない。
親父が霊になってから64年経つが、そんなに長いあいだ宿怨や憎悪を持ち続けるのは尋常ではない。他人を憎み続けるということは、自分自身をも苦しめている筈だ。親父は、人間の労苦を全てムダにした泥水に流されて揉まれながら、息を引き取った。その無念をたたりという形で、ツマ子にぶつけてやろうとは思わなかったのだろうか?
「おい、憂一、落ち着かんか、鬼火が出とるぞ。おまえこそ顔色が土気色だ。頬はこけとるし、体は骨皮筋右衛門じゃないか。」
と、親父が軽い驚きと憐憫をたたえた眼差しで俺を見た。いつの間にか、親父の目が生前のように美しくなっている。
ーーそうだ、親父は暗褐色の瞳の周りに、空色の輪を持っていた。白内障の症状とも知らず、俺は親父の目をきれいだと思ってたなーー。
親父は生前の怒りや哀しみを思い出すと、目玉が消え失せるらしい。
俺は気が高ぶって、うっかり冥色の丸っこい火の玉を出してしまっていた。俺の鬼火は冷たい風にあおられて、尻尾のようなものまで作っていた。
「ああ、しまった。お盆の時期に、それも屋根の上でこんなものを出しちまったら、誰かに見られてヘンな噂を立てられるよな。」
と俺は苦笑いをし、深呼吸をして怪火(鬼火)をしまいこんだ。
「わしがツマ子さんに何もせんだのは(しなかったのは)、あの用水路に向かう間際に、あの人の腹に孫のナガオがいたのに気づいたからじゃ。まだまだ小さかったが、確かにわしの父親に似とった。ああ、だがなあ、こんなことになるなら、孫が出来る前にあの腹黒ヨメ(ツマ子)を叩いて叩き殺してやりゃあよかった……!」
と、親父は声を荒げた。
俺の息子のナガオは昭和29年(1954年)生まれだ。そうして2歳違いで、娘のオトも生まれてきた。
「親父、俺だってあいつ(ツマ子)と結婚しなきゃよかったと思うけどさ、俺が『ツマ子さんが好きだ。一生のお願いだ』と親父に縁談をまとめるように頼み込んだんだよ。俺には人を見る目がなかった。ツマ子だけじゃなくて、俺だって悪かったんだよ……。」
と、懺悔した。
「あーっ、そうだっ…ゴホッ、ゲヘッ!」
と、親父は突然大きな咳をした。
親父は背中を丸めてせいている。泥やら小石やら枯れ草の破片のようなものが、鼻や口からザラザラと出てきた。
これじゃあ、苦しくてツマ子への憎しみを忘れられなくても無理はない。親父は口の中の泥や小石を指で掻き出した後、細いヒモのようなものを2本摘んで、ゆっくり、ゆっくりと喉から引っ張り出していた。多分、クズ(葛)かヤブガラシのツルだろう。このJ地区は肥沃な土壌に恵まれているから、雑草がとてつもなく伸び広がる。とにかく、俺は180cmに近い巨躯の親父の背中を、優しくゆっくりとさすってやることしかできなかった。


























沈丁花です。新作の執筆に行き詰まり、前回の作品を読んでいたら、アナザーエンドが出来てしまいました。″デルタ″には「違い」「変化」という意味があります。
沈丁花です。このお話の前半部分は、原作とあまり変わりません。後半部に新たに肉付けし、違う終わり方にしました。