その子の名前はマル。帰省するたびに面倒を見ていた近所の野良猫です。特に私に懐いていて名前を呼ぶとゴロゴロ喉を鳴らして頬擦りをする、愛猫でした。小学校の高学年から数年間、帰省のたびに数日世話をする関係でしたが、私とマルの間には浅からぬ縁が結ばれていたと確信しています。
マルは高校2年生の夏に突然姿を消しました。
いつものように縁側で餌をあげ、首元を撫でてやり、猫じゃらしで遊んで、次の日からぱったりと姿を見せなくなりました。私は必死に周囲を探しましたが、結局見つけることはできませんでした。
帰省のたびに捜索を続けましたがついぞ会うことができないまま、私は上京したのでした。
思わぬ再開に心の整理をつけられないまま、私はマルを抱き抱えて脚立をおり、祖母の元へ駆け寄りました。
「マル、見つかった」
短くそう言った私の頭を祖母は優しく撫でてくれました。
「そうね」
死を悲しむ、会えてホッとする、別れを告げずに去ったことへの恨み節、様々な感情でぐちゃぐちゃになった私を宥めるように祖母はこう続けます。
「猫は死期を悟ると姿を消す、ってよく言うけれど、あれはお世話になった人を悲しませないようにするためなのよ。マルは1番可愛がってくれたあなたに辛い思いをさせたくなくて、姿を消したのね、きっと」
祖母の声音があまりに優しかったので、私はマルの死を素直に受け止めることができました。
祖母の言葉はいつもすっと胸に染み込み、私の絡まった心をほぐしてくれます。
「マルはどうして出てきてくれたの?」
落ち着いた口調で祖母に尋ねることができました。
「あなたが大きくなって、もう自分の死と向き合えると思ったからじゃないかしら。
あなたの息吹でおめかしまでして。よっぽど再開が楽しみだったのね」
ああ、なんて素敵な人なんだろう、と改めて祖母の人柄に感謝しました。
詳しいことは恐らく祖母も分からないのだと思います。あの男の子は誰だったのか、マルが何故あの時の姿のままなのか。ですが分からないことをそのまま受け入れる大切さ、懐の深さを祖母に教えられた気がします。
「埋めてあげるね」
祖母は何も言わず頷きました。
マルを庭の隅に埋葬するまで、何度か泣きそうになりましたが、ぐっと堪えました。
ちゃんと死を受け入れられていることを、マルに伝えたかったから。
























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