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ヒトコワ

沈丁花さんによるヒトコワにまつわる怖い話の投稿です

「愉快な」鬼さん
長編 2026/03/26 14:53 149view

 私は自らを鼓舞しながら、ひたすら自転車をこいだ。どういうわけか、その日は青信号が続くことが多かったので、私はなりふり構わず逃げ続けた。スピードを落とさないようになるべく後ろを振り返らず、全力疾走を続けた。

 しかし、当たり前のことであるが、赤信号の前では止まらなくてはいけない。忘れん坊な私は、この日防犯ブザーを持っていなかった!なんとか武器になりそうなものは、デオドラントスプレーと携帯電話だけだった。幸い、私のすぐ近くには別の自転車に乗った人や歩行者がいることが多かったから、あのニヤケ男は少し離れた場所に隠れていたらしい。

 そして、青信号になったら、私はまたあの挙動不審なオッサンに追いかけられるのだ!この辺りには交番や消防署どころか、コンビニやドラストさえない。
 普段はデスクワークをしており、バスで通勤していることもあり、私は運動不足であることを痛感した。頭から汗まみれになり、必死で自転車をこいでも、あのガタイのいいイカレポンチには敵わないーー肺が苦しい。脇腹が痛い。手首と膝関節と足首まで痛む。何よりも喉が渇く!ええ、でも、

ーーもうたいりョクガ ゲんカい ダ!ーー

(もう、いい加減にしてくれえええ!)

 自転車の左ペダルがガガァッと音を立てて、地面を擦る。私は転倒しないようにするので精一杯だった。もう半泣きになっていた。

ーーねえ、たすけてよう……。なんでなんだああああーー

 蒼い空には、灰色がかった筋雲や綿の花のような雲がたくさん泳いでいた。お日様はそんな雲の背後に隠れがちだ。私の化粧は汗と涙と鼻水とヨダレに塗れて、ぐちゃぐちゃに乱れていた。そのうち、頭から奈落の底のように暗い暗い闇の中へと勢いよく落ちていく自分の姿が、実に明瞭に脳裏に浮かぶ。あの不気味なオッサンに捕まったら、何をされるか分からない!

ーーデモ、モウ ムリ ダアアアア!ーー

 その時、私は左手側に単身用のアパートを見つけ、敷地内のブロックをなんとか避けて、咄嗟にその駐車場に転がり込んだ!
 そのアパートの一階部分は、全高の普通自動車とあまり変わらない高さだった。道に面した角部屋の辺りは危ないので、ちょうど真ん中の部屋のあたりで、私はゼェゼェ、ハァハァハァと肩で息をしていた。
 もし、あの危険人物がこのアパートの駐車場に侵入してきたら、私は「火事だ!」と叫ぶつもりだった。住民の皆さんには多大なご迷惑をおかけすることになるが、私だって身の危険に晒されていたのだ。なにとぞ、なにとぞお許しを。

 それから間もなく、くだんの変質者がこのアパートの右手側を走ってきた。

 交差点の入り口で信号待ちをしている間、そいつは淫らな眼差しで私を眺めまわし、ニマアァァ〜と気持ち悪い含み笑いを私に向けた。そして、私に
【ちぇ〜っ、アパートの駐車場かよ〜!】
とふざけた調子で声をかけ、青信号になるや否や、そのまま見通しの良い交差点を直進して行った。
 幸い、そのしつこい男は横断歩道を渡りきった後、私の営業所とは正反対の方向へ走っていった。私がそのろくでなしに付け狙われているのに気づいてから、30分は経過していた。
 
 

 ただ、私が得体の知れない男に追い回されただけなのだが、全く面識のない強そうな人間に、ある日突然追い回されるのもとても怖いことである。しかも、私は自転車で【50分以上も】尾行されていたのだ!
 私よりもあの場所の地理に明るい奴が犯人である。結果として、あの気持ち悪いオッサンは痴漢か愉快犯に該当するだろう。自分の身を守る為には、防犯ブザーを必ず身につけておくことが必要だ。
 皆さんも気をつけて下さい。

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