翌週。
先輩は仕事が忙しく、いつもの釣り場には行けなかった。
帰宅後、何気なくテレビを眺めていると、近隣で起きた殺人事件のニュースが流れた。
海岸近くで発見された遺体の身元が判明したという。
画面に被害者の顔写真が映し出された。
先輩は、息を止めた。
あの夜、海から引き上げた50代の男だった。
続いて、逮捕された容疑者の顔写真が映った。
先輩は背筋が凍り付いた。
あのルアーを渡してきた、30代の男だった。
報道によると、容疑者は被害者と以前から面識があったという。
逮捕された場所は、先輩の自宅近くの路上だった。
さらに、容疑者が乗っていた車からは、刃物と複数の小型発信機が押収されたと伝えていた。
先輩はテレビの前で動けなくなった。
やがて、ゆっくりと玄関へ向かった。
ドアを少しだけ開け、駐車場を確認する。
自分の車は、いつもと同じ場所に停まっていた。
その荷室には、釣り道具が積んだままになっている。
あの男から渡された、やけに重いルアーも。
_____
夜の漁港に、波の音だけが静かに響いていた。
隣で竿を握る先輩の横顔は、どこか強張って見えた。
「そのルアー、どうしたんですか?」
私が尋ねると、先輩は海を見たまま答えた。
「警察に渡したよ。中に発信機が入ってた」
「じゃあ、犯人が先輩の近所で捕まったのって……」
「ああ」
先輩の手が、わずかに震えていた。
「あいつ、あの日のことを知ってる人間を探してたんだと思う」
「いろんなやつに声をかけて、助けたのが誰なのかを炙り出すために」
先輩は一度言葉を切った。
「俺が自分から名乗ったようなもんだ」
先輩は乾いた声で笑った。
「ルアーを渡してからは、探す必要もなくなった」
「いつ、どこにいるか。全部わかるようになったんだからな」
先輩が逮捕のニュースを見たあの夜は、いつもならこの漁港に来ている曜日だった。
もし、仕事が忙しくなければ…
あのルアーを積んだ車で、いつも通りここへ来ていたら…
潮が動いて、暗い海が少しだけうねった。























※コメントは承認制のため反映まで時間がかかる場合があります。