そんな日々を過ごして約1年後、森田さんの命日が訪れた。
森田さんと仲が良かった私は追悼の意を込めて森田さんが好きだった134号線の海沿いを走る事にした。
逗子から茅ヶ崎まで軽く流し、時間も遅かったので帰路につくことにした。
夜なので道は空いており地元までそう時間はかからなかった。
地元に到着し、よく知った道なので飛ばしながら家に向かっていたその時、
対向車線にいるクルマが右ウィンカーを出しているのが見えた。
私は道も空いているしきっとこの車は私が通り過ぎた後に曲がるだろうと思っていた。しかしその読みが甘かった。
距離感を測り違えたそのクルマが右折でコンビニに入ろうと私が走る車線に飛び出してきたのだ。
咄嗟にブレーキを握りしめるがわたしも止まれるスピードではなかった。ぶつかる!そう思った所で私の記憶は途絶えた。
気がつくとわたしは病院のベットで横になっていた。
体を起こそうとすると全身に鈍い痛みが走る。
身体を起こすことを諦め周囲を見渡す。
白い天井、横に並ぶベッド、隣のベッドでは看護師らしき女の人が何やら点滴のような物を弄っている。
【すいません】そう喋ろうとして思わず咽せる。口から喉にかけて強烈な渇きを覚えた。
すると気がついたのか看護師が驚いた顔でこちらに近づいてきた。
看護師が誰かを呼びに行き辺りが騒がしくなってきた。
先生だろうか、白衣を着た中年の男が目を開けている私をみて【奇跡だ】と呟く。
先生の話では私はまる2週間昏睡状態だったらしい。
正直このまま目が覚めない可能性の方が高かったと伝えられた。
あの日私は車と衝突。
バイク大破、私はバイクに胸を激しく打ち付けられた。
即死で無かった理由は私が社長に半強制的に着せられていた胸部プロテクターのおかげだった。
先生が言うにはあのプロテクターが無ければ肋骨が折れ肺に刺さり間違いなく死んでいただろうと。
社長はまるでこうなることが分かっていたようにそれを条件に入れていた。
数ヶ月後、退院しバイクは今度こそスクラップにした。
ペシャンコにされていく愛車を眺めていると何故か涙が止まらなくなった。
今思うにあのバイクには間違いなく森田さんの魂が取り憑いていたのだと思う。
若くして死んでしまった自分、たくさん行きたい所もあっただろう。死んでしまった悔しさ、後悔、きっと私の体を通してその無念を晴らすようにあのバイクで走り続けたのだろう。
【人が死んだバイクはスクラップにしろ。】




























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