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「にしても、まさかこんな近くでこんな数奇な事件が起きているとはな」
俺はおにぎりをほおばりながらミコにそう言った。
「ほんとよ。世の中、案外狭いものね」
今回の事件で、飯倉神社は正式に解散されることが決まった。誰もあの曰く付きの神社を引き継ごうとするものなどいなかった。捕まった紀一郎の弟・宗二郎は、今ではどこか人知れないところで祖母と二人でひっそり暮らしているようだ。一方で叔父の方は、妻のつゆ子が逮捕されたあと、すぐに行方不明になった。大学にも顔を見せていないらしい。誰もその行く先は知らない。
報道から数ヶ月後、紀一郎の父と母は一時的に意識は戻ったものの、その後、病院で亡くなった。彼自身については心神耗弱状態であったことが認められ、今では精神病院に入院して更生に向けて励んでいる。中学生には重たすぎる家庭事情と無差別ではなく怨恨から生じた事件であることを鑑みて、15歳ならまだ間に合うと司法が判断したのだろう。もちろん世間の批判が全く無かったと言えば嘘になるが。
問題は叔母のつゆ子だが、一審で懲役7年の実刑判決が下されたものの、検察側が控訴し、これから二審へと判決が持ち越されるらしい。
「つゆ子を担当する裁判官はやだろうなぁ」
俺がボソッと呟く。どこから漏れ出したのか、つゆ子が御門家末裔の復讐として、紀一郎を利用し、岩祭家を壊滅させたという話が週刊誌やワイドショーなどで取り上げられてしまった。今、世間では『世紀を越えた大復讐』としてこの事件が注目されている。あまりの話題性に、某有名作家がこの事件を元に長編ミステリーを書くなどと公言しているらしい。
「まあ、呪いなんてものに明確な罪状は無いからね。いっても15年くらいが関の山じゃない?」
ミコはそう言うと、手に持ったホットティーラテを一口飲んだ。
「あ、そういえば、深山君に感謝しないといけないことがあるわ」
「え、なんだよガラでもない」
フフッと笑ってミコは続けた。
「私が紀一郎くんを追い詰めた時ね、彼、やっぱり矢を放とうとしたのよ」
ミコが俺の方を向く。
「だからね、深山君の提案で偽物の弦をあの部屋に仕込んでなかったら、もしかしたら久彦さん殺されちゃってたかも。ほんとに危ないところだったわ、ありがとう」
そう微笑むミコに、たまには俺も役に立てたのだと少しうれしかった。しかし、俺の頭に一つの疑問が思い浮かぶ。
「あれ、だけどそれって紀一郎が弦を張り替える前提の話だよな? もし張り替えてなかったら、どうしてたんだよ」
「そんなもん、ハサミでちょん切ってたわよ」
平然と答えるミコに俺は苦笑した。
こうして事件は幕を閉じた。ミコは今回の事件について、忸怩たる思いが全くないということもないなどと、なんだか小難しい言い回しをしていたが、俺が思うに多分これがもっとも死亡者の少ない結末だったんじゃないかと思う。俺たちは十分よくやったよ、ミコ。
そう思う俺をよそに、ミコはどこか遠くを見つめていた。
























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