お隣さんは今日も静か

大学生の理人(りひと)は、一人暮らしを始めたばかりだった。
大学の近くにある古いワンルームマンション。
家賃は安く、周囲も静か。部屋の隣には、若い女性が住んでいるらしいが、
物音ひとつ聞こえたことがない。

一度、ゴミ捨て場でその女性を見かけたことがある。マスクをしていて表情はわからなかったが、どこか影のある雰囲気が印象に残っていた。

夜遅く、壁越しに小さなすすり泣く声が聞こえることがあった。

最初は「恋人と喧嘩でもしたのかな」と気にしなかったが、あまりに頻繁なので、理人は次第に心配になっていった。

ある日、理人は宅配の誤配に気づいた。宛名は「203号室 村井香織」。

自分の隣の部屋だ。直接届けに行こうと、封筒を持って203号室の前に立った。

だが、インターホンを押しても応答がない。

念のためポストを見ると、チラシや郵便物がパンパンに溜まっていた。

「……ずっと不在なのか？」

気味が悪くなり、管理会社に連絡してみると、驚くようなことを言われた。

「203号室は……今、空室ですよ？」
理人は言葉を失った。

じゃあ、あのすすり泣きの声は？

ゴミ捨て場で見かけたあの女は？

理人は、どうしても気になってしまい、ある夜、管理人の隙を見てマスターキーを盗み出した。

深夜、203号室の扉を開ける。

中は、薄暗く、重い空気に満ちていた。

床には埃が積もり、家具はすべて覆い布がかかっている。

そしてーー奥の部屋に、女性の靴が揃えて置いてあった。

さらにクローゼットを開けた瞬間、理人は息を飲んだ。

中に、人形のように縮こまった、白骨化した女性の遺体があった。

髪が長く、服はピンクのワンピース。

壁には、爪で引っかいたような文字が無数に刻まれていた。

「だして」
「さむい」
「さむい」
「おとなりさん……きいて……」
警察を呼び、捜査が始まった。