お隣さんは今日も静か

身元は数年前に失踪届が出ていた村井香織という女性だった。

閉じ込められ、誰にも気づかれず、餓死したのではないか——というのが警察の見立てだった。

事件のあと、理人はしばらく放心状態だった。

だが奇妙なことが続く。

・夜中、またすすり泣く声が聞こえる
・自分の部屋の鏡に、水滴で文字が浮かぶ ——「たすけて」
・隣（空室）の壁をコンコンと叩く音がする

理人は、精神科を受診するほど追い詰められていた。

ある夜、理人は隣の部屋の音をICレコーダーで録音することにした。

「おとなりさん、助けてよ……気づいてるでしょ……」

そのか細い声を聞いた瞬間、鳥肌が立った。

だが、その直後——

音声には、理人自身の声が入っていた。

「……香織、またうるさいな。……静かにしてって言っただろ？」
「……わかってるよ。もうすぐ、誰にも見つからないようにしてやるから。」
理人は耳を疑った。

「……これ……俺……？」

さらに、押し入れから古い日記が出てきた。

そこに、震える字でこう書かれていた。

「香織は、もうすぐ喋らなくなるって言ってた」
「閉じ込めれば、きっと従順になる」
「あの声が、また俺を責める。俺の中の“もう一人”が、香織を殺したのか？」
「俺は何者なんだ？」

理人は二重人格者だった。

“もう一人の自分”が、かつて恋人だった香織を監禁し、殺した。

その記憶は消され、善良な人格だけが残っていた。

だからこそ、理人自身が「自分で発見した」と思い込んでいた。

だが霊となった香織は、彼の無意識の罪を責め続けた。

壁の向こうから、鏡の向こうから。