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呪い・祟り

ないものさんによる呪い・祟りにまつわる怖い話の投稿です

視界の端
短編 2025/06/17 21:23 1,790view

 電車に乗っていたんです。
 夜も遅い時間帯で、車内はまばらに人がいる程度でした。
 今日も座れないかな……と思っていたら、不自然なくらいぽっかりと、目の前の席だけが空いていました。

 誰も座ろうとしないことに少し違和感を覚えつつも、疲れもあったので、わたしはそのまま腰を下ろしました。
 吊り革が揺れる音と、走行音が遠ざかるように聞こえたのを覚えています。

 ふと、顔を上げると、向かいに男が立っていました。
 スーツを着た男でした。髪型も服装も、ごく普通。

 でも……目が、おかしいんです。

 黒目が大きいとか、充血しているとか、そういうレベルじゃないんです。白目が、なかったんです。全体が塗りつぶされたように、真っ黒で。

 その男は、まばたきひとつもせずに、じーっとこちらを見つめていました。

 ただ見ているだけ。口元だけ、ゆっくりと笑うように動かしながら。

 声はありませんでした。
 笑っているのに、音がまったくしない。今にも笑い声が聞こえてきそうな表情なのに、声は一切聞こえてこないんです。

 その笑みを見た瞬間、気味が悪くて……即座に目を逸らしました。それと同時に、どこかで見たことがあるような……そんな気がして、いろいろと考えたんです。
 過去の経験? 夢の中? たぶん、本当に見たことがある。でも、思い出せない。なんだっけ、と考えているうちに、電車が駅に着きました。

 ふたたび顔を上げたときには、もうその男はいませんでした。

 ……で、次の日からです。

 あの男が、視界の端にいるんです。
 駅のホーム、会社の前、コンビニの防犯ミラー……
 本当に、あらゆる場所に。

 でも、何かをしてくるわけじゃない。ただ立っているだけ。
 こちらを向いて、目を逸らすこともせず、視線を逸らされることもなく、ずっと笑いながら立ちすくんで、こちらを見つめているんです。

 正面に現れることはありません。
 いつも、少しずれた視界の端なんです。

 それを正面から見ようとすると、なぜかその瞬間に視線が外れてしまう。
 本能が、それを拒絶しているような感じで、まるで、常に――“わたしが見つけるのを待っている”みたいになってしまうんです。

 * * *

「馬鹿げた話ですよね。でも、ぜんぶ本当なんです」

 そう言って、彼はふわりと微笑んで……そのままゆっくりと、窓の外に目を向けます。
 つられて私も窓のほうに視線を向けると、さっきまで降っていた雨は、もうすっかり止んでいました。

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