電車に乗っていたんです。
夜も遅い時間帯で、車内はまばらに人がいる程度でした。
今日も座れないかな……と思っていたら、不自然なくらいぽっかりと、目の前の席だけが空いていました。
誰も座ろうとしないことに少し違和感を覚えつつも、疲れもあったので、わたしはそのまま腰を下ろしました。
吊り革が揺れる音と、走行音が遠ざかるように聞こえたのを覚えています。
ふと、顔を上げると、向かいに男が立っていました。
スーツを着た男でした。髪型も服装も、ごく普通。
でも……目が、おかしいんです。
黒目が大きいとか、充血しているとか、そういうレベルじゃないんです。白目が、なかったんです。全体が塗りつぶされたように、真っ黒で。
その男は、まばたきひとつもせずに、じーっとこちらを見つめていました。
ただ見ているだけ。口元だけ、ゆっくりと笑うように動かしながら。
声はありませんでした。
笑っているのに、音がまったくしない。今にも笑い声が聞こえてきそうな表情なのに、声は一切聞こえてこないんです。
その笑みを見た瞬間、気味が悪くて……即座に目を逸らしました。それと同時に、どこかで見たことがあるような……そんな気がして、いろいろと考えたんです。
過去の経験? 夢の中? たぶん、本当に見たことがある。でも、思い出せない。なんだっけ、と考えているうちに、電車が駅に着きました。
ふたたび顔を上げたときには、もうその男はいませんでした。
……で、次の日からです。
あの男が、視界の端にいるんです。
駅のホーム、会社の前、コンビニの防犯ミラー……
本当に、あらゆる場所に。
でも、何かをしてくるわけじゃない。ただ立っているだけ。
こちらを向いて、目を逸らすこともせず、視線を逸らされることもなく、ずっと笑いながら立ちすくんで、こちらを見つめているんです。
正面に現れることはありません。
いつも、少しずれた視界の端なんです。
それを正面から見ようとすると、なぜかその瞬間に視線が外れてしまう。
本能が、それを拒絶しているような感じで、まるで、常に――“わたしが見つけるのを待っている”みたいになってしまうんです。
* * *
「馬鹿げた話ですよね。でも、ぜんぶ本当なんです」
そう言って、彼はふわりと微笑んで……そのままゆっくりと、窓の外に目を向けます。
つられて私も窓のほうに視線を向けると、さっきまで降っていた雨は、もうすっかり止んでいました。
























※コメントは承認制のため反映まで時間がかかる場合があります。