【帰還】-事件記者 朽屋 瑠子-
投稿者:kana (216)
「ダメだ、近い! 今撃てばチーフに当たるかもしれない」
「だからって、食われてからじゃ遅いぞ!」
背泳ぎする朽屋のすぐ下を巨大なシャチが滑りこんでいく。
その時、朽屋はシャチの肌に触ってみた。サメとは違う滑らかな皮膚。そしておかしな触り心地。朽屋はシャチの異常に気が付いた。
「撃つな!! 心配ない!! 誰かナイフちょうだい!!」朽屋が叫ぶ。
上層甲板でライフルを構える兵士たちの間から、一人が朽屋に向けて鞘に入ったナイフを投げ入れる。それを受け取る朽屋。
鞘からナイフを抜くと、それはチタンで出来た真っ黒な刃のナイフだった。これなら海水で錆びることもない。朽屋はそのナイフを持ち、大人しくしているシャチの胸元へ向かった。
「おまえ、これ取ってほしいんだろ」そうシャチに語りかけながら頭部から胸ビレのあたりにまで乱雑に絡まる漁網を触った。一部はヒレの根元に食い込んでいる。
朽屋はそれを1本1本ナイフで切りほどいていく。その間大人しくじっとしているシャチ。
ボートや上層甲板では兵士たちがライフルを構えながらだまってその様子を見ている。
やがて漁網はすべて除去された。
「ハイよ、シャチ君、さっぱりしたね」シャチの身体をポンポンと叩く朽屋。
そーっと顔だけ水面から上に出すシャチ。片方の目でしっかりと朽屋の顔を見ているようだった。
「感謝ならしなくてもいいよ。この網だって元は人間が作ったものなんだし。ごめんな」
そう話しかけると、シャチはゆっくりと滑るように朽屋から離れていった。
それを眺めていた全クルーから拍手が沸き起こる。
「信じられん・・・」
「なんだ?シャチと話しでもできたのか?」
「もしかして水族館で働いてたんじゃないのか?」
朽屋は漁網を手から離さず、ボートに引き上げてもらった。こんな漁網でも、海底に打ち捨てられると永遠に魚たちを取り続ける死の罠となってしまうことを、先の沖縄の大学院でも学んでいたからだ。
【スイムコール】が終わると、今度は【スティール・ビーチ・ピクニック】だ。
これは甲板をビーチに見立てて、踊ったり、バーベキューをしたりして楽しむ一種のお祭りだ。どうやらミゲル・キースではこの日1日はイベント開催日だったようだ。
「チ、チーフ・クチヤ! ボクと踊ってください」
「ボ、ボクとも」「いや、オレと踊ってください」「オレも!」「オレもオレも!」
時ならぬ朽屋人気である。
「あーもう、みんなで踊ろう!!」
多くの兵士が一緒になって踊り、もう朽屋へのわだかまりを持つ兵士はいなくなっていた。
そんな朽屋にまた一人の兵士が近づいてくる。
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