お迎え
投稿者:きのこ (21)
そう思いながら、葬式へ足を運んだ。
白い箱の中を覗のぞくと、血の気が引いた彼の顔があって、声をかけても、なんの反応もなかった。彼のそばに行くといつも感じていた、メンソール系の甘いタバコの匂いも、もう感じない。
その時にやっと、彼がもうこの世にはいないんだ、と認めることができた。
そして、悲しむよりも先に後悔した。
自分に出来ることなんて、何もなかったかも知れないが、無理をしてでも私が、遊びに行こうと誘っていたら、何かが変わっていたかも知れない。それが気分転換になって、彼は自殺なんかしなかったかも知れない。どうして、もっと早く連絡を取らなかったんだろう——。
葬式の日から2ヶ月経って、お盆になっても、後悔の念が呪いの呪文のようになって、何度も何度も頭の中で繰り返された。
火災報知器が鳴り出した時に、ふと、笑っている彼の顔が脳裏に浮かんだのは、私が罪悪感を抱いているからなのだろうか。それとも本当に、彼が近くにいるのだろうか。
私が何もせずに、座ったまま音を聞いていると、火災報知器は、勝手に鳴り止んだ。
——結局、何も視えなかったな……。
天井を見上げていた私は、顔を正面に戻した。
すると私の近くには、いつの間にか、白い靄もやの塊があった。自分と同じくらいの大きさで、それはなんとなく、人の形のようにも視える。
息を吹きかけただけでも、散ってしまいそうな白い靄を、私はじっと見つめ続けた。本当は友人の名前を呼んで確かめたかったが、泣き声を出さないようにするのが精一杯で、口を開くことができない。
言葉もなく、ただ涙を流す私のそばに、白い靄は留まっていた。
白い靄はたまに、ふわりと揺れる。何も聞こえないが、何かを言ってるのだろうか。
ずっと後悔している私の、勝手な解釈かも知れないが、優しい笑顔の彼が「いい加減に、元気を出せよ」とでも、言っているような気がした。
しばらくすると、白い靄は薄くなり始めて、もう行ってしまうのだろうと思った私は、なんとか口を開いた。
「来年は、コウさんの好きなタバコを買っておくからさ、また、帰ってきてよ」
声が震えて、自分でも何を言っているのか分からなかったが、私が言い終わると、白い靄は視えなくなってしまった。
あの白い靄が、本当にコウさんだったのかは分からないが、甘いタバコの匂いが、コウさんが大好きだったタバコと、同じ匂いだったことは確かだ。
コウさんは、本当に優しい人で、いつも私の話を笑顔で聞いてくれていた。きっと、いつまで経っても立ち直れない私を心配して、様子を見に来てくれたのだろう、と思っている。
お盆の『お迎え』の作法は、地域によって違うらしいが、私は毎年、自分は吸わないタバコを買って、飾っておこうと思う。
お盆になって、友人があの世から戻ってきた時に、また私に、会いにきてくれるように——。
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