あの夏への扉
投稿者:綿貫 一 (31)
年に一度しか来ないとはいえ、これまで何年も通っている町のことだ。
今更案内してもらわなくても、カブトやクワガタが集まる森も、魚がよく捕れる川も、蛍が見られる水田も、僕は知っていた。
別にそれらを知らないふりして、素直に案内してもらえばいいものを、子供心に妙なプライドを感じて――気になった異性に、少しでも物知りだと認められたかったのかもしれない――たいていの場所は知ってるけどね、とひねたことを、幼い私は云った。
ところが紗雪は気にすることもなく、むしろいたずらっぽい笑顔を浮かべて、僕の手を引いた。
白くて、冷たい手だった。
『ついてきて!』
そう云って、紗雪は駆け出す。
僕は手を引かれながら、紗雪の揺れる後ろ髪を眺めていた。
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着いた場所は、僕がよく知る魚捕りスポットだった。
『ここなら知ってるよ?』
幾分がっかりした気持ちになって、僕は紗雪を振り返った。
紗雪は笑っている。
『ふ、ふ、ふー。ここじゃあないんだなー。
もう少し奥に行ったところ。
ほら、こっちだよ?』
そう云って、川の流れから顔を出した岩の上を、ぴょんぴょんと飛び移り、進んでいく紗雪。
しばらくして見えてきたのは、正面に巨大な一個の岩――山の頂上の欠片のような――が見える場所だった。
大岩の足元の陰の中で、川は澱んだようにゆっくりと流れている。
『――ここ?』
たしかにこんな場所があることは知らなかった。
蝉の声も何故か遠い。不思議な雰囲気の場所だった。
ここでも、たくさん魚が捕れるのだろうか。
しかし、飛び石がないため、大岩の足元までは行かれないように思えた。
『見て?』
紗雪は指さした。
細い、長い、白い指だった。
その指の先、大岩の陰。
ゆらり。
【吉良吉影!雪女に会う~少年時代 特別編~①】
何となくこれを思ったw