ある不動産仲介業者から聞いた話。
彼の職場では『満足度調査』というものを実施している。物件入居者に対して、退去の際に簡単なアンケートへ答えてもらう形式の調査だ。よくある質問事項がいくつか並び、最後に自由記述欄が設けてある。
最近、とある独身者専用アパートの1室から、やや気になるアンケートが上がってきたという。
『立地や家賃は満足。ただやたらとベランダにカラスが来る。鳥除けがあればよかった』
このようなコメントが書かれていた。これに意識が向かったのには理由があった。
話はこの『ご意見』をくれた人の、前の入居者である男性に遡る。
あるとき物件オーナー経由で対応依頼が入り、この男性を一度訪ねた。職場は物件の管理会社も兼ねているので、それ自体はよくあることだ。
「カラスと…ラッキーが……死んだんです…」
インターホンを鳴らすと男性は上半身のみ覗かせて、か細い声でそれだけ言った。かなり泣いたのか目の周りが真っ赤になっていた。
詳しく話を伺うと『動物の死骸の処理方法』についての問合せだったようだ(その程度ならオーナーで自己解決できそうなものだが、テイ良く雑用を押し付けられたのだろう)。念のため確認してほしいと、男性がベランダへ促すので従った。
すると、あり得ない方向に首を曲げているカラスの死骸がひとつ。絶命前に暴れたのか、散らばった羽が風に舞っている。
その脇に、ハムスターでも入っていそうな小型の白いケージ。ワイヤーが歪んで大きな穴が空いており、あれでは中の小動物が逃げてしまうので使い物にならない。
そしてケージの中、白い体毛を血で真っ赤に染めた小動物。死体は上半身と下半身でほぼ二等分に別れてしまっていた。
男性の話を整理すると、ジャンガリアンハムスターのラッキーはカラスに啄み殺された。そしてカラスは頭がケージに引っかかり、それを無理に引き抜こうと暴れた挙句に首を折って死んだ、ということらしい。
ベランダで住まいを掃除してやろうと、ラッキーを仮住居に移したところだった。携帯に電話がかかってきて通話していた数分の間、目を離した。
掃き出し窓を網戸もろとも開け放っていたのが災いした。
物音に気づいて視線をやると、すでにカラスがベランダまで仮住居のケージを引っ張り出していた。器用にケージを破壊し、首を捩じ込んでいる。嘴のすぐ先には無惨な姿のラッキー…
男性の気配に気づいたカラスは逃げようとしたが、首が引っかかったのか抜け出せない。それを無理に自力で何とかしようとしたせいで首が変に曲がってしまい、そのまま骨が折れて死んだ、と。
道義的にはほかに確認するべきことがあったのかもしれない。だがそのとき話したのは、偶然ベランダで鳥獣の死骸を発見したときの対処法だけだった。
死骸は自分で処理できるなら可燃ゴミで問題ないこと、保健所への連絡は任意であること、消毒や清掃の義務は特段ないので男性の判断に委ねること、これだけだ。
手伝いも不要とのことなので、そのまま部屋をあとにした。
あのベランダにカラスが来る理由は何か、そもそも事実なのか詳細は不明。ただこの物件において、『ベランダで動物の死骸を発見したこと』を心理的瑕疵として扱っていないのは事実。
この話を教えてくれた仲介業者は最後にこんなことを言っていた。
カラスって賢いんで、『敵』だと認識した相手の脅威が大きいほど、じっくり観察することがあるらしいんです。ベランダに来るカラス、もしかしたらこの話に通ずるモノがあるのかもしれないですね。でも、ことの経緯を聞いてしまったあの日は、男性の両手や衣服が黒い羽にまみれていたことを、どうしても追及する気にはなれなかったんですよね。
























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