あの爺さんに 柴刈りを
投稿者:バクシマ (40)
「儂は山へ柴刈りに 婆さんは川に洗濯に行った」
次の項をめくってみる
「儂は山へ柴刈りに 婆さんは川に洗濯に行った」
ぱらぱらと項をめくり続ける。
「儂は山へ柴刈りに 婆さんは川に洗濯に行った」
「儂は山へ柴刈りに 婆さんは川に洗濯に行った」
「儂は山へ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ざあっざあっと外から音が聞こえる。いつの間にか外は大雨のようだ。
「爺さんや もう帰っていたのかい?」
心臓が止まるかと思った。後ろを振り返ると、薄灯のなか婆さんが立っていた。
「婆さん」
婆さんは妖しく笑う
「どうしたんじゃ爺さん、今日はずいぶん早く帰ってきたな すぐに夕飯を作るぞ」
「なあ婆さん」
「なんじゃ爺さん」
「今日 洗濯をしていて、何か流れてこんかったか その…大きな桃とか」
「爺さん」
すると婆さんは、優しく微笑み
「爺さん おまえ 思い出してきたな」
…懐から赤錆色の大鉈を取り出した。
そして、みるみるうちに、婆さんの髪は逆立ち、肌は赤黒く、面は鬼の形相になった。
その様はまさに山姥であった。そして大鉈を振りかざしながら儂に迫ってくる。
儂は悲鳴をあげながら家の外に飛び出した。だが村の外へは濃霧で出られない。
あの濃霧の正体が今なら分かる。儂の精神に深く刷り込まれた『外界に出ることはできない』という呪い。それがあの濃霧なのだ。
山へ 山へ行かなければ。
儂は 「おじいさん」は 山にしか行けないのだ。
大雨のなか、泥だらけになりながら必死で山を駆け登る。
「待てよ 待てよ」
後方から獣のような足音と甲高い笑い声が追ってくる。
すでに生きた心地ではなかった。
しかし残酷なことに、大雨で小川が濁流となり、山道を断絶させていた。
「そんな どこかに迂回できる道は」
「ない」
振り返ると、腕が届くほどの間近に婆さんが立っていた。
大雨のなかでなお、儂の悲鳴は山中に響き渡った。
「お前は桃太郎の爺であるかぎり 逃げられないんだよ 爺は山に柴刈りに行くか 家にいるだけ なんだからなぁ」
桃太郎
とても懐かしい響きだった そうだ
「おい これを喰え」
そう言うと婆さんは懐からグチャグチャした肉塊を取り出した
「喰え そうしたらすべて もとどおりだ」
「い、いやだ 食いたくない 食いたくない」
「なにをいう いつも美味そうに食ってたではないか この」
婆さんは邪悪な顔で笑う。
いやだ 聞きたくない
「この『キジ団子』をずっと喰ってきたではないか」
臓腑が裏返るような吐き気が込み上げ、儂はその場で嘔吐した。
空の胃袋から胃液を吐き出しながら、儂は号泣していた。
なんと非道な
「愉快な姿じゃ さあ観念して喰え」
婆さんは儂の口に、肉塊を掴んだ手を近づけてくる。
咄嗟に、それを払った。
「何をする これを喰わぬのなら仕方ない いっそ殺すかのう」
婆さんは大鉈を振り上げた。
だが儂は婆さんを睨みつけながら後退りをする。
「なんじゃ どこにも逃げ場はないぞ お前は呪いで村の外を進めんのじゃ」
「知っとるわい そんなこと」
「なに」
儂は ついに覚悟を決めた。
「逃げ場ならあるとも こうするんじゃよぉぉぉ」
「なんじゃと」
儂は身を翻して、ごうごうと音を立てる濁流へと身を投じた。
濁流に飲み込まれた儂の体は、物凄い勢いで押し流され、なすすべもないまま何度も岩に傷つけられた。
そして、どれほどの時が経ったか 儂の身体は川の果てまで流れ着いていた。
朦朧としながらも立ち上がる。
そこは浜辺であり、眼の前には大海が広がっていた。
儂は村の外に出られたのだ。
見上げれば,すでに雲は去り、そこには満天の星空があった。
それから、よろよろと海辺に寄り、海面を覗く。
風もなく、水面は鏡のようであった。
水面には、毛に覆われた自らの姿が映されていた。
私は 天に吼えた
獣性を帯びた咆哮が 周囲に轟(とどろ)き渡る。
…すると背後から
「逃げきった と思ったな」
やはりか 後ろを振り返ると、汚い山姥が立っていた。
「思っておらんよ 恩知らずの猿めが」
それを聞くと、山姥は高らかに笑い、みるみるうちに身体が全身毛に覆われて、やがては大猿へと変容した。
「その姿 呪いが解けて、すべてを思い出したようじゃな」
そう言う大猿を、犬の武者が仁王立ちで厳しく睨みつける。
「鬼退治を果たしたあと 貴様は桃太郎様の御恩を忘れ、愚かにも鬼どもの財宝に目が眩み、あろうことか、背後から桃太郎様を刃にかけた この『鬼ヶ島』でな」
「そうよ しかし鬼の呪いでこの島から出られぬ。財宝があるのに持ち腐れよ」
「どうするつもりだ?」
「どうしようもない こうなっては、ろくに動けんお前を 逃げる駄犬を殺して喰うまでじゃ」
大猿はそう吐き捨てると、大鉈を振りかぶり、私に襲い掛かった。
だが
「逃げていると思ったか? 私はお前を成敗するために『ここ』にきたのじゃ」
大猿が勢いよく振り降ろした刃の先には、大きな桃が差し出されていた。
「馬鹿な それは」
刃は、深々と桃に切り込まれていく。
瞬間、桃は黄金色に輝き、ぱっくり割れた桃の中から、立派な甲冑を纏った、
それはそれは美しい若武者が現れた。
「お前は、いや、あなた様は桃たろ」
大猿がそう言いかけた時、すでに首は胴体から分断されていた。同時にそれは鬼ヶ島全体を覆っていた呪いが祓われることでもあった。
一太刀で大猿を斬り伏せた若武者は、横に薙いだ太刀を、鷹揚に鞘へと納めた。
「桃太郎様」
忠犬は膝をついて主人に頭を下げた。そして、とめどなく落涙する。
「犬よ よくぞ忠節を果たしてくれた。感謝してもしきれぬのう」
「誠にもったいなき御言葉です」
「犬よ 拙者はもう行かねばならん」
「私をお供させて頂けないでしょうか」
「ならん お主は生きて拙者達の冒険譚を語り継げ」
「…必ずや」
その時、山の頂きから虹色に輝く羽を広げた一羽の雉が降りてきて、桃太郎の肩に羽を降ろした。
「犬よ 達者で暮らせ」
そういうと、桃太郎と雉は天へと昇っていった。
(筆者)後日投稿予定であるエセの前日譚です。
もうタイトルが最高にイイ!!
kamaです。いいですね~これ。新解釈!
好きです。
(筆者)もとい、エセ怪談の前日譚です。
すばらしい
解釈が新しい訳ではない
すごく面白かったです。
まだこの話だけしか読んでいませんが、
でも、バクシマさんは小説を書く才能があると思いました。
(筆者)皆さん嬉しいコメントありがとうございます。励みになります。
久しぶりに痺れました、あっぱれ!!
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