オーバードーズ
投稿者:バクシマ (40)
これは私が大学生の頃の話です。
幽霊が出る話ではないのですが、今日まで恐怖で膝が震えたのは、あの場面だけですね。
当時、私は実家に住んでいました。
そして浪人生の弟もまた同居していたんです。
弟は、そのとき既に大学入試の二浪生。
追い込まれていたと思いますよ。
弟が精神科に通い出したとも、親から聞かされてました。
身内のことながら浪人って大変ですよね。
そしてそれは、ある深夜のことでした。
私が寝ていると「ドンッドンッドンッ」という鈍い音で目が覚めました。
その音を無視して寝直そうとしましたが、膀胱も張っていた為、私は用便に起きることにしたんです。
電気もつけずに暗い廊下を歩き、生暖かい便所に入り、眠気まなこで便座に座り、のったり小便をしているころ・・・
いつのまにか、あの聴き知らぬ音も消えていました。
さて、すっきりしたし部屋に戻って寝んべーっと思いましたが、出した分は水分補給も必要だーってんで、台所に水道水を飲みに行くことにしたのです。
台所への扉を開けると、
妙なことに、我が弟が薄暗い調理場で何か作業をしているのです。
深夜のことですよ。
腹が減ってカップラーメンを作っているなら分かりますがね。どうもそんなんじゃないらしい。
普段料理をしない弟がね。まさか手際良く夜食を拵えてるなんてのも想像できない。
なにをやっているんだろうと不審に思いましたね。
で、私は弟に訊ねました。
「なあ、お前なにやってんの?」
普通ね、深夜に薄暗いなか急に後ろから声をかけられたら、少しは驚く素振りを見せるものでしょう?
でもね、弟は私なんて全く意に介さないで自分の作業を続けるんです。
嫌な沈黙の時間でした。
でも、もう一度声をかけようとしら
「この包丁さ、研いでも研いでも、全然鋭くならないんだよ」
そう言うんです。
弟に近づき手元を見れば、なるほど包丁を研いでました。
でもなぜ深夜に?
全く意味がわからない。
しかし、弟は包丁を研ぐのをやめ、おもむろに包丁を逆手に掴むと、冷蔵庫の方へ振り返りました。
そうしたら、私もつられて冷蔵庫を向いちゃいますよね。
振り向いて、私、固まっちゃいましたよ。
大きな冷蔵庫の両扉が、全面にボコボコの穴だらけになってるんです。
そして、虚げな表情の弟はゆっくり冷蔵庫に近づくと、
無言のまま包丁を、何度も何度も突き立てました。
「ドンッドンッドンッ」
タイトルがなぜオーバードーズ?
(作者)薬物を一度に過剰接種する行為を一般的にオーバードーズと言いますが、
この物語で登場する弟は、精神科で出された薬を医師の指示に従わずに一度に多量に飲んだ結果、ラリって異常行動をしてしまったのでタイトルをそう致しました。
(作者)弟の奇行の原因だからです。