新居にて
投稿者:件の首 (54)
東京暮らしの反動か、山の近くに住むのが、小さい頃からの夢だった。
サラリーマンとして暮らしていたが、55歳で早期退職の募集が出た。
会社に未練がなかった訳でもないが、そもそもこんな募集が出る事自体、会社が危うい事を示していると判断し、応募した。
妻子がいればもう少し考えたかも知れないが、子が出来る前に妻に先立たれた身に、さしたる執着もなかった。
再就職をするつもりはもうなかった。
現役時代の出費から考えると、少々心許ないが、切り詰めれば余裕で年金受給まで暮らせる。
切り詰めると言っても、現役時代の出費は多くがストレス解消だったため、それほど大変な節約という訳ではない。
考えてみれば、本来同じ給料で一家を養う人もいるので、20年30年暮らせるだけの蓄えが残るというのは、当たり前と言えば当たり前の事だ。
山の近くで蓄えを使いながら小さい畑を作り、ちょっとした食べ物は自給自足しつつ生きる。
そんなイメージで、新居を探し、見つけたのがこの家だった。
そこは山のふもとにある元農家だった。
建物自体は平成初期の建築で、それほど古びた様子はない。
自治体が人口減対策に移住を勧めている物件もあったが、それらはそれなりの状態で、快適に暮らせる家を、と探すうちにここに落ち着いた。
引っ越しに先駆けて、近所に挨拶回りをしていた。
畑の中にぽつぽつと家が建っている為、とりあえず近い方から5軒回ることにした。
一番近いご近所さんが、畑を隔てた家の老夫婦だった。
「……ああ、あのお宅に。お仕事は何を?」
「いやぁ、楽隠居です」
「そうですか、あの家に」
「そうなんですねぇ」
老夫婦は顔を見合わせていたが、それ以上何も言わなかった。
他の家も、何となく同じような反応だった。
引っ越し当日。
荷物が家に運び込まれた。
ワンルームマンションからの引っ越し荷物は、1階の部屋にすべて収まった。
まずは寝起きに必要なものだけ荷ほどきして、夕食をとることにした。
近くにあるのは田んぼと山とぽつぽつ見える家だけ。コンビニやスーパーは自動車で30分かかる。
食べ物は自分で育てるか、週末に買い出しに行くかだ。勿論、覚悟の上だ。
今日の夕食は予め買っておいたコンビニ弁当で済ませた。
10畳の寝室に、布団だけをぽつんと置いた上で、横になってスマホを眺める。
引っ越し作業はほとんど業者任せだったが、疲労感は大きかった。
明日は風呂を沸かそう、そんな事を思いながら眠りに落ちた。
気持ち悪っ
ためはち
年取ってからの田舎暮らしは止めたほうが良いです。