恵那地方の山中にある高校で経験した山の怪異について
投稿者:岩男の憂い (1)
「山の中から投げてきたってことは、ないよな」 Iが同意を求めてきた。 「いや、たぶんないよ。反対側から屋根のてっぺんを超すように投げたのかもしれん」 「そうよな、ちょっと周りを見ていこう」 Iと私は、コンクリートで基礎を打たれた格技館の外周を奥へと歩いていった。
格技館はD型なのでひさしがなく、基礎はほぼ濡れていた。 格技館には、側面に2箇所の搬出入口があり、そこのみはひさしが出ていて、雨をしのげる作りになっている。 建屋の終わったその先には軟式庭球のコートがあるが、誰もいない。
二人で格技館の、ちょうど壁の向こうにステージがあるあたりに差しかかったとき、ステージ脇の搬出入口に異様なものを見た。 搬出入口はひさしの下に、コンクリートのたたき台があり、鉄製で格子窓のある両開きの引き戸をへて格技館内部に接続する。 今は上演中のため、格子窓の内側には遮光カーテンが引かれており、その内側の舞台袖には何人もの女子部員が控えているはずであった。 コンクリートのたたき台は、ひさしで雨が避けられているので、ひさしからこぼれた雨で外周は濡れていたが、中程から格技館側は乾いていた。 そのかわいた部分に、無数の足跡が残されていたのである。
足跡は5、6歳の子供ほどの大きさで、靴下をはいたように足には指先がなかった。 正確には、土踏まずがなく、指先がない濡れた足跡が、格子窓にそって何回も行き来し、たたき台の乾いた部分をぐるぐると回っているのである。 恐らく足跡の数は100を超えていたように思う。 それから、無数の足跡には、やってきた道筋も、去っていったと思われる道筋もないのであった。
Iと私が言葉を失ったのは、奇妙な足跡に対してというよりもはるかに、この足跡が格子窓の内側を覗こうとしていたように見えたせいである。 そして足跡の主がもし5、6歳の人間だとしたなら、到底格子窓に顔が届くはずはない。 「反対側を見て、すぐ戻ろう」 二人で走って反対側の搬出入口を確認し、怪しいものが何もないことを確認すると、まっすぐに格技館の玄関へと戻り、暗幕をめくって中に入った。
ステージでは何事もなく、最後のシーンが上演されていた。 足跡の内側の舞台袖に向かいドアをあけると、そこには3人の女子部員が扉にもたれるように座っており、すぐ脇のステージへの階段上には調光器前に2人の女子部員が操作をしていた。 扉にもたれる女子部員に声をかけようとする私を、Iが制した。 そうか、言わないほうがいいこともある。 そう思ってIと再び舞台袖を離れた。
17時になると短い夕闇が過ぎて、早々に周囲は暗くなった。 練習が終わり、短くミーティングが行われる間にも、Iと私は山手の側が気になった。 その後投石はなかったが、格技館を施錠して、ある部員は自転車に乗って帰宅し、家が遠い部員はそれぞれの保護者が迎えに来るのを格技館の前で待った。 Iはバス、私は自転車であったが、足跡のことがあるため、女子部員がすべて帰るまで格技館の前で待っていた。
今年の2月頃だったでしょうか、排水系統を調べる仕事でその高校跡地に行きました。
格技館は対象でなかったので見ませんでしたが、この話を知っていたらそもそもこの仕事を断っていたかも…。