押し入れの怪音
投稿者:すだれ (27)
12の畳に散らばる大人の大きさの泥まみれの足跡。
内側だけ傷だらけの襖。
開けられないように上下を執拗に釘で打ち止められた押し入れの戸。
その戸を内側から爪で引っ掻くような音。
ガリガリガリガリガリガリ
ガリガリガリガリガリガリ
ガリガリガリガリガリガリ
「逃がしちゃいけんのよ」
ガリッ
取っ手から手を離した瞬間にその音も止まった。友人は手を握り直したお婆さんに部屋の外まで連れ出された。部屋入ったのは内緒にしちゃるよ、と饅頭を握らされた手首には、お婆さんの手形がくっきり残っていた。
酒宴の部屋に戻された後の友人は饅頭を握りしめながら部屋の隅で過ごした。
酒が入り暴れるように騒ぐ大人達を見て「あんな酒の飲み方はしたくない」「親があんなんだから子どもも他人を殴るんだ」と手持ち無沙汰に考えながら夜が更けるのを静かに待った。柱に寄りかかれば、押し入れの内側の引っ掻く音が伝ってくる気がした。
押し入れの件は翌日母にバレた。脈絡なく「屋敷の中歩き回ったでしょ」と言われた友人は同じくらい心臓が跳ねた。説教に震えると同時に、母に押し入れの事を話せばもっと詳しくわかるかもしれないとも考えた。
「そうか…なるほど…なんてことを…」
話を聞いた母は顔色を悪くし「帰るよ」と言うと荷物をまとめ始めた。説明を求めたが「お前には難しくて理解できない」と拒否された。押し入れの中の存在と話せるのか、と問えば間髪入れずに「無理だ」と返ってきた。
親戚連中と揉めたようだが、結局母は友人を連れて足早に屋敷を出た。遠縁のお婆さんは去り際に友人にたくさんの菓子を握らせた。友人は口止め料だと思ったが全部食べた。
「その後は、本家を訪れる機会はあったのか?」
「いや、あの後も本家と母の間で色々あって、縁を切る勢いで県外に引っ越したから。島にも行ってない。正直親戚連中は嫌いだったからそこら辺は別に良かったけど、あの押し入れを開けることはもうないのかーって、それだけが未練だったな」
「君がこの話をチョイスした意図がわかってしまったぞ。…君の本家がある島はここか?」
手元の端末でその島…がある県のホームページを見せると友人は「ああ、ここだよ!」と頷いた。その様子を見て「なるほど」と漏れた声を友人は聞き逃さなかったようだ。
「やっぱりな!お前は押し入れのヤツの正体わかると思った!こういうの無駄に詳しいもんなぁ」
「聞くのか?君のお母様と遠縁のお婆さんの涙ぐましい箝口令を無に帰してしまうぞコレ」
「もう時効だって!本家はもう廃れて屋敷ももぬけの殻って聞いてるし」
思わずくぐもった声が出たが、此方を逃がす気がない友人を見て「あくまで仮説だぞ」と口を歪ませた。
「提唱できる説は2つ。1つは「人ならざる存在説」だ」
「幽霊的な?」
「いや…もっと…アレだ。君の血筋の本家があった島の、その地方にはね、謂わば座敷童に似た性質の神様の伝承が伝わっていたんだ。
その地方に住む家々を点々とする神で、その神が下りた家には繁栄を、離れた家には衰退をもたらすとされていた。衰退といっても恩恵を下回るそれを、その土地の人々は繁栄と共に代々受け入れていたようだよ」
「神様…まさか、」
「その神が家にいることで繁栄を、家から離れることで衰退をもたらすなら。
家から出さなければ繁栄の恩恵を享受し続けることができるのではないか、
そう考えた人間がかつていたとしたら。
…必死に抵抗する神を数人がかりで土足で組み敷き、押し入れに押し込み、釘で封をした人間たちがいたとしたら。そういう説だ」
「うわ…え、じゃあもう1つの説は?」
「………獣憑き」
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