あれは、大学二年生の春でした。私は一人暮らしをしていました。
その日もいつものように講義を受け、バイトに行って帰ってきました。すると家の前に一匹の黒猫が座っているのです。
私は野良猫だと思って、「おいで」と手招きをしました。しかし猫は近づいてくるどころか、私に背を向けるようにして座り込み、じっとしているだけでした。
(お腹空いているのかしら……)
そう思った私はスーパーで買った牛乳を取り出して、蓋を開けると中身を飲ませようと差し出しました。でもやはり猫は近づいてこず、私の方をちらりと見たかと思うと、そのままどこかへ行ってしまいました。
「変な猫……」
少し気にはなりましたが、特に気にせず私は家の中へと入りました。
翌日、大学の構内で私は友達と一緒に歩いていました。すると向こうから、昨日のあの黒猫がやってきたのです。
「あっ!」
思わず声をあげてしまいました。その猫はこちらに向かって歩いてきたかと思うと、私達の目の前を通り過ぎていきました。そしてその後ろ姿を見ているうちに私はふと思ったんです。この子って、ひょっとして誰かを待ってるんじゃない?
「ねぇ、ちょっと待ってよ」
私は慌てて追いかけると、その子の前に立ち塞がりました。
「えっと……あなたさっきからずっとここでうろうろしてたよね?」
私が問いかけても、黒猫は黙ったままです。
「やっぱりそうなんだ!ねぇ、あなたの待ち人はどこにいるの?」
猫は黙ったまま歩き出そうとします。
「ねえってば!」
私は強引に猫を掴み、振り向かせようとしました。その時、猫の顔を見て驚きました。目が赤く光っていたのです。まるで血のように……。
「ひっ!」
怖くなった私はその場から逃げだし、家に帰りました。その夜はなかなか寝付けませんでした。
次の日の朝、私はまた同じ場所に行きました。そこにはやはりあの猫の姿がありました。どうやら朝になると現れるみたいですね。
「おはよう」
私は笑顔を浮かべながら挨拶をしてみました。しかし猫は何も言わずにそっぽを向いてしまいます。
(まあ、いいけどね……)
そう思ってその場を離れようとした時でした。突然後ろの方から声をかけられたんです。振り返るとそこにいたのはなんとあの黒猫だったんですよ。
「きゃああ!!」
驚いて悲鳴をあげると、猫はそのまま走り去ろうとしました。でもなぜか途中で足を止めて、私の方を振り返るとこう言ったんです。
『ありがとう』
それだけ言うと、そのままどこかへと消えていってしまいました。
それから一週間後、私が住んでいるアパートの近くに大きな事故が起こりました。その事故で数人の方が亡くなってしまったんです。
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