私の家がある住宅街の外れに、ひっそりと一軒の美容整形外科がある。
医院長の女医(以降「H」とする)が30年前程に開業したという病院だ。
病院には看板が無く、Hと書いてある表札だけの大きな一軒家にしか見えないが、その中は最新鋭の機材が揃っている。
病院を開業してからしばらくは順調だったが、徐々に客が減っていた。
そんな時、10年ほど前になるだろうか、Hはある女性の研究者「O」と知り合った。
博士号を持っていたというOは、某研究所で研究員として働いていた人物だ。
HはそんなOの技術を見込んで業務提携を結んだのだった。
Hが行った施術法は、Oが持つ最新の技術を応用した人工皮膚を使うというものだ。
その人工皮膚は、本来の皮膚に完全に同化するという見事な物だった。
それからというもの、次第にその技術が認められ、病院は持ち直した。
病院の宣伝などは特にしていないからか、大手の病院には行きづらい芸能人も利用している。
しかし、その反面、よからぬ事もある。
その病院を利用している事が分かりづらいという事から、いわゆる逃亡犯や指名手配犯たちもその顧客だったのだ。
その中に、およそ20年前に殺人を犯して駆け込んできた犯人「F」がいた。
Fはどこかでこの病院の事を知り、整形して時効まで逃げようという魂胆だった。
整形手術は成功し、Fはまるで別人として生まれ変わり、時効まで逃げ切れると確信していた。
しかし、思いがけない誤算が生じた。
人工皮膚が徐々に劣化していたのだ。
大雑把に言うと、それは本来の皮膚に張り付けるような施術法だったが、一緒に本来の皮膚もわずかに剝がれていた。
その顔は、整形する前よりも老けて見えた。
人工皮膚の密着性と引き換えに、本来の皮膚にダメージを与え、皮膚の組織を破壊していたのだった。
それまでFはよく繁華街などに出歩いていたが、次第に引きこもりがちになり、最低限の外出しかしなくなった。
しかし、食事のため店にいた僅かな時間で、誰かに素顔を見られたのだ。
指名手配犯の顔写真という物は、テレビなどで多くの人が知るところだ。
結局、店からの通報がきっかけとなりFは逮捕された。
Fは供述で「この人工皮膚が完璧だったら」と繰り返していた。
Oが開発したその人工皮膚は、数年後に「〇〇〇〇細胞」で出来ているという事がわかった。
整形して別人になったんじゃないの?
外食中に素顔見られて通報?
皮膚が崩れただけで元の顔に戻ったってこと?