僕が立候補すると隣人は我が意を得たりと相好を崩し、早速準備にとりかかりました。祖母は物言いたげに突っ立っています。家を出る際、噛んで含めるように一言告げられました。
「くれぐれも寝てはならんぞ。夜這われるからな」
「うん、わかったよばあちゃん」
力強く請け負うと祖母は安心したように引き下がりました。しかし……恥ずかしい話、この時の僕は夜這いの意味を知りませんでした。もともと勉強ができず活字嫌いときて、都会育ちの中学生の語彙に入っていなかったのです。
夜……白装束に身を包み、他二人の村の子と一緒に山に登りました。高さは然程でもないですが、街灯が全くないので暗いです。社に着いた僕たちは車座になり、胡坐をかきました。社では私語厳禁と言われていたので、他二人は固く口を噤んでいます。
どれ位過ぎた頃でしょうか、眠気が押し寄せてきました。僕以外の二人は腕を組んで黙り込んでいます。寝ちゃいけない、でも眠い、ああ駄目だ……ちょっと位ならいいか?五分程度ならバレないはず。
自分に甘い僕は目を瞑り、短い夢を見ました。
「お前に決めた」
何を決めたんだ?お前は誰だ?
僕の問いを無視し、しなやかな白い腕が伸びてきます。後ろから首に絡んだ白い手が、発情した蛇めいた動きで衣をはだけていきます。
(やめろ!)
生理的嫌悪が膨らみます。力ずくで振り払いたくても金縛りになったように動けず、白い手に全身をまさぐられます。さらに背後の女が笑い、こう宣言しました。
「逃がさない」
直後に絶叫を上げました。残る二人が「どうしたんだ」「しっかりしろ」と血相変えて駆け寄ります。その後の記憶はおぼろげです。本来なら明け方に下山するはずが、僕が白目を剥いて痙攣するのを放っておけず、二人が肩を貸してくれて運んでくれたそうです。
意識が回復したのは三日後、祖母の家の和室に敷かれた布団の上でした。その時は母も来ていて、目を覚ました僕に抱き付いて「よかった」「本当によかった」と泣き崩れました。
ところが……話はこれで終わりません。祖母の家で過ごし、東京へ帰ろうと駅に向かっている時、突然具合が悪くなりました。引き返せばすぐ直ります。なのにどうしても電車に乗れません。
ならば自動車やバスならどうかと試しました。無駄でした。山から下りた僕はどうしても村から出られない体になっていました。無理に出ようとすれば過呼吸の発作が起き、酷い時には失神します。
「やっぱり……お前は山神様に見初められてしまったんだね」
祖母は言いました。村の若者は生贄です。毎年三人選んで送り込み、ヒデリ様に次の夫を選ばせるのが儀式の本当の意味だったのです。ヒデリ様に見初められた男は一生村を離れられず、好きな人と結婚もできません。童貞、独身で過ごすのです。
「だから寝るなというたのに。ヒデリ様に夜這われたらしまいなんじゃ」
現在、僕は祖母と一緒に暮らしています。
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