納棺師の独白
投稿者:凍 (8)
短編
2022/02/12
00:15
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俺の職業は納棺師です。
ある時俺は90代で孤独死された老婆の納棺業務を請け負いました。喪主は離れて住んでいた姪御さんで、殆ど参列者がいない寂しいお葬式でした。
納棺の儀を終えて蓋を閉ざす瞬間、胸元で組ませた故人の手がぴくりと動きました。
見間違いかと思って顔を寄せれば左手薬指がピクピクと震え、瞼がうっすらと持ち上がり始めました。
「うわっ!」
仰天してとびのいた時には既に目は閉ざされ、故人は安らかな表情を浮かべていました。
葬式の終了間際、火葬場に移動する段になって喪主の姪御さんが駆けてきました。
「伯母の遺品を整理していたら出てきたんですが、今からでもお棺に入れるの間に合いますでしょうか」
そういって彼女がさしだしたのは古ぼけた結婚指輪でした。故人は何十年も前に離婚していたのです。
ああ、どうりで……お棺に寝かされた老婆は、思い出の指輪を左手薬指に嵌めてほしいと訴えていたのです。
俺が快諾してお棺の蓋を開けると、姪御さんは喪服のまま静かに跪き、痩せ細った薬指に指輪を通しました。その後故人は火葬に処され、指輪は灰になりました。
生前は色々あったのでしょうが……天国で旦那さんと会えているように願ってやみません。
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