理科準備室

ありえないことでSは困惑した。
鍵をあけずに理科室に入れる人はいない。
しかし、間違いなく誰かが理科室にいて準備室に
入ろうとしていた。
一瞬、立ち止まってしまったが、さらに意外なことに
てっきり誰かが引き戸から出てきて追ってくると
思っていたのに、だれも出てこない。
意外な静けさがその場に広がった。
Ｓは戸惑いながらも、準備室に戻って確認するわけにもいかず、
そのまま逃げて自分の教室に向かった。
幸いにして誰にも見つからず、授業には滑り込んだ。

午後の授業が終わるまでＳは準備室でのことについて考えたが、
なにもわからなかった。

普通に考えれば教師が入ってきたのだろうが、
鍵がかかっていたのは確かだ。
教師ならどうどうと理科室の鍵を開けて入ればいい。
だとすれば可能性があるのは、Ｓが準備室に忍び込む前に
教師以外のだれかがSのように引き戸から準備室に入っていた？
そしてＳが入ってきたので理科室のほうに隠れた？
なかなかSが出ていかないので痺れを切らして準備室に入ってきた？
だが、だれがなんのために？

放課後、Ｓは迷ったが部活に出るために理科室に行くことにした。
行かなければ行かないで、いつも行っているのにおかしい、と
だれかに怪しまれるかもしれないと思って。
職員室で鍵を受け取るときになにかあるかともおもったが、
なにもなかった。

1人で理科室に行くこと自体がいやだったが、
鍵をうけとってしまったら行かないわけにもいかない。
理科室の前に行くと、例の引き戸が閉まっているのが見えた。
Ｓは引き戸をあけ放ったまま逃げたので、だれかが閉じたのは
間違いない。
恐る恐る理科室の南京錠を開け、室内に入った。
拍子抜けするくらいに何もなかった。
もちろん誰もいなかった。
部屋の中の何かが荒らされているということもなかった。
そうとうに怖かったが準備室にも入ってみた。
そこもなにも変化はなかった。
Sが敷いて寝ていた段ボールもそのままだ。
そして引き戸は閉じられてはいたが鍵はかかっていなかった。