あの爺さんに 柴刈りを
投稿者:バクシマ (40)
○月△日
朝飯を済ませたあと儂(わし)は山に柴刈りに行った。
曇天の空のもと、柴刈りを目的として山に来たわけだが、もちろん食べられる茸(きのこ)などがあれば採集する。なにしろ、もうすぐ冬がやってくるのだ。食料は僅かでも多く貯めておかねばならない。
商人から贖うことは期待できない。婆さんの話では都(みやこ)で鬼どもが暴れているらしく、物流が断絶している。この山村に最後に商人が来たのはいつであったか。もう自分達は忘れ去られているのかもしれない。村に品が入ってこないのであれば自らで身の回りの物を賄わなければならない。ゆえに今日も今日とて柴刈りになのだ。やがてその日の分の柴を刈り終えて、帰りしなに僅かな山菜を摘みつつ家路についた。
家に着くと、川に洗濯に行っていた婆さんはすでに帰ってきており夕飯の支度をしていた。婆さんが何をこしらえているかは匂いで分かった。儂の好物のキビ団子だ。「婆さん ありがとうよ」
温かな気持ちは言葉になり口から漏れていた。
そして夕飯のあと日記をしたためた。「儂は山に柴刈りに 婆さんは川に洗濯に行った」
○月△日
柴はいくらあっても困るものじゃない。今日も儂は山に柴刈りに、婆さんは川に洗濯に行った。腰には婆さん御手製のキビ団子を据えている。これを昼飯で食べるのがこの変わりばえのない日々で唯一の楽しみだ。
午前中にせっせと汗水垂らして柴を刈り、籠を柴いっぱいにしてから昼飯のキビ団子を食した。モチモチとした食感がじつに良い。婆さんのキビ団子はやはり最高だ。毎日食っても飽きる事のない味だ。
さて、昼飯も食ったし、山菜を採りつつ帰ろうか。だが山を降りつつあれこれと野草を探すものの、採れたのは片手に収まる程度であった。
この頃はめっきり山の幸が少なくなった。冬になれば、なおのことだろう。わが家に食料の備蓄はどれ程あるのだろうか。食い物の管理は婆さんに任せているので、自分はちゃんと把握していない。自分たちは日頃から倹約な生活をしているが、はたして冬を越せるのだろうか。明日の柴刈りはいつもより深く山に分け入って、食料集めをするとしよう。
そんなことを考えつつ下山し、やがて家に着いたときは、もう日暮れであった。玄関には美味そうな匂いが漂っている。婆さんはすでに洗濯から戻っており、夕食の支度をしていた。儂は料理をしている婆さんに背後から声をかけた。
「のう、婆さんや。この家に食べ物はどれくらい残っていたかのう?」
婆さんは夕飯作りに集中しているようで、儂の声掛けに反応しなかった。
「冬も近いしのう。明日は山のてっぺん近くまで登って、木の実や茸(きのこ)を探そうと思うのじゃが」
すると婆さんは調理の手を止めないまま、儂に背中を向けながら応えた。
「爺さんや 冬を越せるくらいの食物ならある そんな無理することはないぞ」
そう言うと婆さんは夕食の膳を持ってきてくれた。
婆さんがそう言うのであれば冬越しの心配は杞憂なのかもしれない。
それに自分達はこんなに倹約して暮らしているじゃないか。
皿に盛られたキビ団子を眺めて、そう思った。
そして夕飯後、今晩も日記をしたためた。
「儂は山に柴刈りに、婆さんは川に洗濯に行った」
○月△日
事件が起きた。それは朝飯のキビ団子を食べようとしたときだった。最初の一個を取ろうと手を伸ばした時にくしゃみをしてしまい、その拍子で膳の皿をひっくり返してしまったのだ。床の上にキビ団子を全てぶち撒けてしまったが、幸い婆さんは洗濯に行く準備で家の外にいた。
普段ならばなんでもない事だが、昨夜に「冬越しの備蓄が不安だ」という話をしたばかりである。
この食物を粗末にしてしまった醜態を見られては気まずい。
散らしたキビ団子を咄嗟に昼飯用の腰袋に入れ、すぐに床を掃除した。そしてちょうど床を掃除し終えたときに婆さんが戻ってきた。
「なんじゃ爺さん 今日は随分と食べるのが早いのう」
ギクリとした。
「それは 今日はいちだんと婆さんの作るキビ団子が美味く感じてのう」
「そうかそうか しかし慌てて食わんでも誰も取らんからよ 落ち着いて食えば良いじゃろう」
それからしばらくして婆さんは川に洗濯へと向かった。
儂はというと、すでに山に柴刈りに行かねばならない時刻が迫っていたので、ついに朝飯を摂らないまま山へと柴刈りに行った。
言うまでもなく山道は険しい。まして今日は朝飯を抜いているのだ。さらには腰袋は朝飯のキビ団子の分だけ重いので、足取りがいつもより重く感じる。
そんな状態だったのだから当然かもしれない。山を流れる小川を渡ろうとした時に不注意にも濡れた石を踏んでしまい、バシャリと転んでしまった。そしてその拍子で腰袋の口紐が外れ、なんと袋の中のキビ団子をことごとく流してしまった。
踏んだり蹴ったりとはこのことか。悲しい気持ちで川から這いあがる。
今日は夕飯まで飯抜きだ なんとついていないのだ。
しかしそれでも仕事の柴刈りはしないといけない。再び山道を登り、やがていつもの柴刈り場に着いた。
そこで妙なことが起きた。
空腹に耐えながら柴刈りをしているのだから、ふらふらになるのかと思っていた。だが時間が経つにつれて、むしろ体は快調になっていくのだ。
その後、作業は軽快に進み、かえっていつもよりずっと早く柴刈りは終わった。
ありがたい これなら山菜採りにいっぱい時間をかけられる。
下山しつつ山菜を探しているうちに、ここでもまた妙なことが起きた。
ふと頭の中に漂っていた「もや」が晴れていくような感覚があったのだ。
すると、今まで思い当たらなかった疑問が次々に湧いてきた。
儂は冬支度のために、柴刈りのたびに必ず山菜や茸を採集してきた。
だが 儂には山菜や茸を食べた記憶がないのだ。あれらの食料はどこにいったのだろう。そりゃあ冬の蓄えとして貯められているはずなのだが、それでも一度として食膳に出たことがないのはおかしいのではないか。
いや待て。
それどころか 儂が最後にキビ団子以外の物を食べたのはいつであったろうか
そんなことを考えながら下山している最中のことだった。
川の水流がとどこおっているところに、先ほど流してしまったキビ団子が、いくつか溜まっているのを見つけた。それは別におかしなことではない。ここにはよく木の葉が溜まっているのを見かけていたからだ。
しかし、キビ団子の周囲には、おびただしい数の川魚が浮いていたのだった。
なんともいえぬ怖気(おぞけ)が全身を走る。そしてそれに押されるように山を駆け降りた。
家に着いたのは普段よりずっと早い時刻であった。
陽はまだ高く、婆さんはまだ洗濯から戻ってきていない。家に着いた時に婆さんがいないと何やら不思議な感じがする。
それに はて
この家はこんなに古めかしかったであったろうか。
いつもは夕暮れどきに帰っていたからそう見えるのかもしれない。
そういえば冬の蓄えは、どこにしまってあるのだろうか。
しばらく家の中を探して見たが、それらしいものは見当たらない。
外だろうか?
なんとなく家の周りを歩いてみる。
ソレを見つけたのは家の裏手に置かれた見慣れぬ壺の中であった。
何気なく壺の蓋を開けると、そこには、ぐちゃぐちゃの肉片が詰められていた。
「なんじゃこれは」
直感的にコレを見つけたこと、そして早く帰ったことを婆さんに知られてはいけないと思った。
すぐに柴刈りの籠を担ぎ、山に引き返す。
そして山の入り口に入ってしばらく身を隠していると、婆さんが洗濯から帰ってくるのが見えた。
なにやら肌が浅黒く見える。だがそんなことは些細なことだ。
婆さんの手には洗濯物はなく、なぜか赤錆(さび)色の皿を抱えていた。
そして婆さんは、あの壺の前に立つと、迷いなく壺に皿を突っ込み、グチャグチャの肉塊を皿に盛ってから家の中に入っていった。
その光景に心胆が凍えた。
気づいたら走り出していた。逃げ出さなければ。
しかし、どこへ
そうだ。村の外に出よう。そこに活路があるかもしれない。
ふと、ここでまた、あることに気づいた。
自分は家と山を往復するだけで、村の外に出たことがなかったのだ。
なぜだ
「おじいさんは山にしか行ってないからか」
自分の口から漏れた言葉に驚いた。儂は何を言っているのだ?
頭がこんがらがったまま、儂は山と反対の道へ、初めて向かった。
村の中を走り抜けていて、すぐに異常に気づいた。
村に誰もいないばかりか、荒廃している
いや、はたしてここに村と呼べるものがあったのか
あちらこちらに朽ちた材木が散らばっているだけだ。
これはどうしたことだ。儂は異界にでも迷い込んだのだろうか。
やがて、村の境界に辿り着いた。しかしそこには壁のような濃霧が立ちはだかっていた。
濃霧に、腕を肘まで差し込むも、そこにあるはずの手さえ見えない。
とてもじゃないがこの濃霧の中に進み入ることはできない。
呆然とその場にしゃがみ込んでしまう。いつのまにか周囲は夕暮れなっていた。
急いで来た道を引き返し、家に着いたときにはもう暗くなっていた。
平静を装いながら玄関に入ると、鼻をつく異臭に目眩がしそうになる。
婆さんは食事を作っていた。
いったい婆さんは何を作っているのだろう
しばらくして婆さんはいつものように膳を持ってきた。
膳の上の赤錆色の皿には、反吐をもよおすような悪臭を漂わす肉団子が置かれていた。
「爺さんや 冬の心配などせんでよ キビ団子 たんと食え」
その婆さんの優しげな言葉に一言も返すことはできなかった。
そして、もちろんソレを食うことはできない。
婆さんが台所に戻って調理器具を洗っている隙に、ソレを囲炉裏の灰の中に隠し捨てた。
その後、寝る前に日記をつけた。
「儂は山に柴刈りに行った」
(筆者)後日投稿予定であるエセの前日譚です。
もうタイトルが最高にイイ!!
kamaです。いいですね~これ。新解釈!
好きです。
(筆者)もとい、エセ怪談の前日譚です。
すばらしい
解釈が新しい訳ではない
すごく面白かったです。
まだこの話だけしか読んでいませんが、
でも、バクシマさんは小説を書く才能があると思いました。
(筆者)皆さん嬉しいコメントありがとうございます。励みになります。
久しぶりに痺れました、あっぱれ!!
いい