山の守り人
投稿者:キミ・ナンヤネン (88)
俺は株の取引で大失敗し、早期退職金もとっくに使い切っていて、結局数千万の借金を負ってしまった。
いずれはこの家も売りに出さなければならず、無一文になるのも時間の問題だった。
数年前から断捨離がマイブームだったから、そのおかげで身辺整理は簡単だった。
独身の俺はこの世に特に残すものも無く、誰に見せるわけでもない短い遺書を書いてリビングのテーブルに置いた。
夜の12時過ぎに家を出て、あても無くボロの軽を走らせていた。
荷物と言えば、リュックの中の賞味期限が切れた非常食のラスクと缶ビールが5~6本、ありったけの睡眠薬と1本のロープくらいだ。
どこをどう走ったか分からないが、2時間以上経っただろうか。
どうせ行くなら行ったことが無い所へ行こうと思い、そこから見える山の頂上を目指すことにした。
道路の標識や看板によると、それはR山というらしい。
山道に入って登っていくと、広かったはずの道路は次第に細くなり、くねくねと曲がりくねっていった。
ゆっくりと30分ほど走ったところで、車同士がすれ違う事が出来そうな広い所があった。
そこには1台の軽トラが停まっていた。
誰か乗っているようだったが気にせず奥へと走っていった。
しかし、10分程走ると、そこはもう行き止まりでそれ以上行けなかった。
俺はリュックを背負い車を降りると1本の獣道を見つけたので、それに従って斜面を登って行った。
どれくらい歩いただろうか、もはや獣道も消え、鬱蒼とした木々の枝葉の隙間から月明かりがわずかにこぼれているだけだった。
この時、俺は完全に方向感覚を失っていた。
〈ここでいいか〉
俺は近くにあった木の根元に座り込み、リュックからすっかりぬるくなったビールと睡眠薬を取り出した。
睡眠薬を10錠ほど開け、ビールで喉に流し込んだ。
しかし、ぬるくなっているせいか全く酔えずに3本飲み続け、4本目を開けようかとした頃だった。
「どうしました?」
何の気配も感じる事も無く、急に後ろから男に声を掛けられた。
ビックリして振り向くと
「もしかして、道に迷ったんですか?」
痩せた頬と丸い眼鏡、そして濃いひげが印象的な男だった。もしかしたら、さっきの軽トラの人かもしれない。
「ええ…まあ、そんなところです…。」
俺はそう答えると、男は
「それじゃ案内しますよ。」
そう言って俺の腕を引っ張り立ち上がらせた。
ご冥福をお祈りします。